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カテゴリ:カテプシンK物語(23)( 24 )
カテプシンK物語(24)補足-カテプシン“O”が誕生していた?―

今月11月末、或る製薬会社が主催する研究会で「カテプシンK発見への道のり」と題してお話をすることになった。現役時代の発表は表舞台のみで、その裏では誰が何を思い、何を行い、そして何が起こっていたのかについて触れる機会は極めて少ない。そこで研究に取り組んだ20年間を振返り、カテプシンK物語に補足を加えることにした。


まず「科学映画の父」とも言える小林米作氏との出会いがなければ、我々は骨の研究とは縁がなかったと思う。小林氏と出会い骨の科学映画の製
作に関わり、骨の生きた営みを明らかにすることができたことが切っ掛けとなり、骨の研究に取り組むことになった。当時、映画の撮影材料に

ラットの代わりにマウスを偶然使用したことから(大学の動物舎に適当なラットがおらずマウスを使用した)破骨細胞の研究へと進むこととなった。そして自治医科大学の須田年生先生と出会い、破骨細胞の起源の解明へと、さらに破骨細胞の骨代謝における役割の解明へと「真っ向勝負」することになったのである。


そこで、若く優秀な分子生物研究者である手塚建一君との出会いがなければ、我々は新しい酵素(カテプシン
K)を発見することは不可能であった。この研究は彼の言葉を借りれば「前人未到の手法」を用いたものであり、ほぼ連日失敗と方法の改良の毎日であったようである。実験ノートには“Failed!”“Give up!”の文字が並んでいる。それでも半年後にはOc-1を、1年後にはOc-2の分離に成功し、特にOc-2の分離にはクローン数も少なく困難を極めたようである。偽遺伝子の可能性もあり最初からやり直した結果、最初に拾い上げたクローンに含まれていたようであり、彼

はビギナーズラックであったと記載している。2個のクローン分離は小生の無知と無鉄砲、手塚君の冷静沈着でありながら未到のゴールに向かうチャレンジ精神から生まれたと言って差し支えないだろう。もし他のグループの人たちが試みたとしても、数年―いや永遠に―同様の結果は得られなかったかもしれない。


その後、当時の山之内製薬株式会社(現:アステラス製薬株式会社)の川島氏らと、ヒト巨細胞腫から同様の手法を用いて破骨細胞に発現する遺
伝子のクローニングを行ったが、骨破壊に直接関わりそうなものは見つからなかった。カテプシンOc-2のクローニングは、手塚健一氏の冷静かつ大胆なチャレンジ精神であるとともに、稀に見る幸運にも恵まれたことが奏功したことでもあった。


我々はウサギから破骨細胞を採集したが、もしヒト巨細胞腫の情報をキャッチしてその腫瘍を入手していたとすれば破骨細胞の収集は至って容易
であったこと、またヒト遺伝子情報も豊富であったことから、少なくとも3年早く新酵素を同定し“カテプシンK”ではなく“カテプシO”が誕生していたことは間違いない(カテプシンの命名は酵素の主要臓器の頭文字一字を付す習わしがあったが、同時期に卵巣から同定された酵素がカテプシンOと命名されており、仕方なく研究者久米川のKを付したのである)。


当時のスタッフ一同、他大学、会社からの優秀な若い研究者が参加し、活気あるチームカテプシンKを構成していた。見るからにユニークなメンバーで使用。実験中、一応白衣は着用していました。右写真の右から2人目が手塚建一君、寒いのに秩父まで魚釣りにでかける。地元の筆者はもっぱら運転を担当。
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しかし、我々が行ってきた研究成果から骨粗鬆症の治療薬が近々生まれ、多くの方を救うことになろうとは夢想だにしなかったことであり、誇りとするものである。これまでを振り返るにつけ、多くの方との出会いや発見のタイミングといった、さまざまなチャンスの歯車がうまくかみ合わなければ、ここまで来ることは到底できなかったとの感慨を禁じ得ない。

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by rijityoo | 2014-11-13 13:05 | カテプシンK物語(23) | Comments(0)
カテプシンK物語~おわりに
この物語を終えるにあたり、ひとつの苦しい思い出を付け加えたいと思います。1985年であったでしょうか、リヨンの研究所からヒトの骨芽細胞株が譲渡され、私たちはそれを持ち帰りました。担当者が細胞数を増やすために培養を行っていた時に、大きな事故が起こりました。

ヒトの細胞中に大変きれいな細胞の塊(コロニー)ができていたのです。私たちは、このコロニーを一個、一個吊り上げ、培養して新しい細胞株を樹立(?)して、様々な実験に用いていました。ところが、この細胞株はマウスの細胞(MC3T3-E1)が混じり込んだものであったことが、染色体の検査からわかったのです。

このとんでもない事故は、すでに米国骨代謝学会を始め国内外の学会で発表した後に明らかになったものでした。一時は研究生活をやめようかと思ったことさえありました。しかし自分だけの問題でもありません。本当に学内外の多くの方に迷惑をお掛けしました。そこで、翌年度の学会ですべてを明らかにしました。本当に長い、苦痛の一年でした。そして再出発を決意し、骨吸収の仕事を始めたのです。

その再出発の決意と多くの方のご協力が、カテプシンKの発見として実を結びました。

この仕事には故George G. Rose氏(Roseチャンバーの製作者)と故小林米作氏(科学映画の父、骨の科学映画3作品の製作者)を始め、国内外、学内外から多くの方が参加してくださいました。今風に言えば、「チームカテプシンK」であります。ご参加、ご協力いただいた方々に心からお礼申し上げます。また無理難題を持ちかけ、ご迷惑をかけたことをお詫びします。

しかし物語中では、公平性を期するために個人名を極力省いてきました。そこで最後に、この仕事で中心的な役割を果たしていただいた方、そして支えてくれた方々の名前を挙げ、物語の幕を下ろしたいと思います。

本当にありがとうございました。

カテプシンKの単離とその一連の研究に直接かかわった方々(順不同・敬称略、当時の所属)

家兎OC-2の単離
手塚建一(明海大学歯学部口腔解剖学)

ヒトOC-2相同遺伝子の単離などに関する一連の仕事
小久保利雄、稲岡哲也、石橋 宰、十亀弘子、乾 隆、
山村堯樹(日本チバガイギー株式会社)
羽毛田慈之(明海大学歯学部口腔解剖学)
森 芳久(東京大学医学部)
川島博行(山之内製薬株式会社)

破骨細胞の収集
Peter J. Nijiweide (Leiden University)
佐藤卓也(明海大学歯学口腔解剖学)
栗原徳善(明海大学歯学部)
日浦賢治、上岡 寛(徳島大学歯学部)

またこの仕事では国内外の多くの方々にお世話になりました。

国外の方々
Michael A. Horton (St. Bartholomew’s Hospital, London)
Linda F. Bonewald (Texas University)
Soo-siang Lim (Indiana University)

国内の大学関係者
須田年生、三浦恭信(自治医科大学)
実重慎吾、飯田惣授、湯浅隆壽、奥田憲之、蕨 信太郎、託摩 敦(埼玉医科大学)
塩川美穂、中川真理、小澤英浩(新潟大学歯学部)
金子博徳、林 俊吉、野島嵩樹(慶應義塾大学医学部)
金 強中(東京女子医科大学)
開 祐二(大阪大学歯学部)
小玉博明(奥羽大学歯学部)
竹家達夫(京都大学)
氏名不明(大阪大学大学院医学研究科)

明海大学歯学部
近藤真由理、堀田孝彦、中谷善範、真野樹子、田中かよ、宮沢浩史、中丸行也

明海大学口腔解剖学
真野 博、荒川俊哉、池田映子

国内の企業における共同研究者
太田光栄、鹿子島雅子、手納直規、合田圭吾 (日本チバガイギー株式会社)
米谷元彦、丹羽学、Claudia Betschart、中島元夫(ノバルティスファーマ株式会社)
小笠原愛智(エーザイ株式会社)
小堀正人(山之内製薬株式会社)
寛道信二(塩野義製薬株式会社)
前島明子(大正製薬株式会社)
高田幸弘(雪印乳業株式会社)
松尾 哲(マルホ株式会社)
金田利夫(ヘキストAG)


またこの仕事はLarry Frye(英論文校正)、石井幸子、斉藤 ジュフィン
(秘書)、細田さと子、吉田雅子、片桐曜子(実験補助)氏などによって支えられました。

この間、家庭のことは家内にすべて任せ、何一つ心配することなく仕事に打ち込むことができました。最後にいつも近くから暖かく見守り、支えてくれた家内と子供たちに感謝します。
              
                                      平成24年9月1日
                                         久米川正好

カテプシンKは久米川正好(明海大学名誉教授、WEBサイトNPO法人科学映像館管理者)が手塚建一(岐阜大学医学部准教授)氏、石橋 宰(大阪府立大学准教授)氏らと、出合った多くの方とともに楽しみ、励み、苦しみ、感動したたことを思い、ありがとうの気持ちでまとめました。
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by rijityoo | 2012-09-01 23:31 | カテプシンK物語(23) | Comments(0)
カテプシンK物語~その阻害剤
石橋先生から最後の原稿が届きましたのでご紹介します。

さて、カテプシンK物語の私の担当分もいよいよ今回で最後になります。

前回のアンチセンスDNAを用いた研究により、カテプシンKは骨粗鬆症治療薬開発の極めて有望なターゲットであることが示されました。当時、カテプシンK研究の競争が激化していたことから、我々はこの成果を素早く論文にまとめ、Journal of Biological ChemistryのCommunicationsに投稿しました。当時の日本チバガイギー研究所は、企業でありながらもアカデミックな雰囲気があり、論文発表に対して寛大だったのです。Communicationsにふさわしいトピックであったことも幸いしたのでしょうか、大きな修正を要求されることもなく、本論文は受理されました。

これについては、ちょっとした逸話があります。投稿の準備ができた日、暦は赤口でした。そこで、筆頭著者である乾 隆 博士(現大阪府立大学教授)の「赤口は正午が吉」という提案により、電話で時報を聞きながら、正午の「ピーン」という音と同時に社内ポストに投函しました(それまで六曜などほとんど信じていなかった私も、この件で考えを少し改めました)。なお、時をほぼ同じくして、カテプシンKがヒト濃化異骨症(pyknodysostosis)の原因遺伝子であることや、カテプシンK変異マウスが骨吸収異常による骨大理石病を呈することなどが報告されました。

さて、ここからはいよいよ、阻害剤候補化合物のデザイン、合成とそのスクリーニングという段階に移っていきます。実はこの頃、チバガイギーと、同じくスイス・バーゼルに本社を置くサンドとの合併が決まり、日本のカテプシンKプロジェクトの雲行きも一旦怪しくなりました。さらにこのとき、私にも転機が訪れました。当時、我々同様に骨代謝研究に関わっていた元・山之内製薬(現アステラス製薬)研究所長の川島 博行 先生が新潟大学歯学部の教授に着任された直後であり、久米川先生にその助手のポジションを紹介していただきました。プロジェクト自体は順調で迷いもありましたが、私は以前よりアカデミアに対する憧れも持っており、決断を下しました。川島先生にも大変お世話になり、途中紆余曲折ありつつも、お陰様で今日までアカデミアにおいて研究を続けられています。

結局、私が退社した後、合併により発足したノバルティス・ファーマにおいてもカテプシンKプロジェクトは存続することになりました。バイオインフォマティクス、有機合成や薬物動態解析の専門家による努力の結果、カテプシンK選択的阻害剤バリカティブ(AAE581)が開発され、第2相臨床試験まで進みましたが、一部に皮膚硬化の副作用が表れ、残念ながら開発中止を余儀なくされました。
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一方、以前にここで紹介された遠藤先生の御報告にもあるように、メルクが開発したオダナカティブ(MK-0822)については、第3相臨床試験の結果が良好ということで、近い将来に上市の目途が立っています。自分の在籍した会社から新薬が産まれなかったのは残念な限りですが、その同定から関わったカテプシンKの阻害剤が薬となることについては、素直に喜ぶべきことなのかも知れません。

最後に、オダナカチブの成功により、今後カテプシンKに関する研究が再燃する可能性もあります。例えば、カテプシンK阻害剤は脱灰を直接的には阻害しないため、消化されないまま露呈されたコラーゲン線維が骨リモデリングにどのような影響を与えるかなど、長期的に検討すべき課題はまだ残されていると思われます。今後のさらなる研究の進展を期待する次第です。

チバガイギー^はアカデミックな企業で、カテプシンK、昆虫細胞を使った仕事なども学術誌への公開がゆらされました

遠藤先生からカテプシンK阻害剤に関する新情報をいただきましたのでご紹介します。
1.Nature MedicineのNews

2.Nature MedicineのNews

参考文献
1.Inui, T., Ishibashi, O., Inaoka, T., Origane, Y., Kumegawa, M., Kokubo, T., Yamamura, T.: Cathepsin K antisense oligodeoxynucleotide inhibits osteoclastic bone resorption. J Biol Chem. 272, 8109-8112, 1997.
2.Gelb, B.D., Shi, G.P., Chapman, H.A., Desnick, R.J.: Pycnodysostosis, a lysosomal disease caused by cathepsin K deficiency. Science 273, 1236-1238, 1996.
3.Saftig, P., Hunziker, E., Wehmeyer, O., Jones, S., Boyde, A., Rommerskirch, W., Moritz, J.D., Schu, P., von Figura, K.: Impaired osteoclastic bone resorption leads to osteopetrosis in cathepsin-K-deficient mice. PNAS 95, 13453-13458, 1996.
4.Teno, N., Irie, O., Miyake, T., Gohda, K., Horiuchi, M., Tada, S., Nonomura, K., Kometani, M., Iwasaki, G., Betschart, C. New chemotypes for cathepsin K inhibitors. Bioorg Med Chem Lett. 18, 2599-2603.

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by rijityoo | 2012-08-30 17:41 | カテプシンK物語(23) | Comments(0)
カテプシンk物語り~アンテイセンスの結果~
石橋先生から第5号が届きました。

震災直後の混乱も一段落しつつあった1995年4月、私は宝塚の研究所に戻りました。これまでの分子生物学・生化学的研究から、ヒトカテプシンKが骨代謝において重要なプロテアーゼであることが強く示唆されたため、プロジェクトも様々なバックグラウンドを持つ新たなメンバーを加え、次第に拡大していきました。

まず、ヒトカテプシンKの阻害剤を開発するにあたり、候補化合物を正しくスクリーニングするための評価系を確立することが重要です。幸い、当時優れたin vitro骨吸収評価系として、久米川先生が象牙を用いたピットアッセイを確立されていましたので、我々はこの系に多少の改変を加えて導入することにしました。具体的には、高性能共焦点レーザー顕微鏡を導入し、ピットの深さや体積も定量的に測定する系を確立しました。そして、この「改良版ピットアッセイ」の確立において中心的役割を果たしたのが、現在私と同じグループで研究を行っている、乾 隆・大阪府立大学教授です。(乾先生と私は、カテプシンKを通じて意気投合し、その後アカデミアで互いに独自の研究を展開していきましたが、本年4月より再び一緒に研究ができることになりました。)

こうして骨吸収評価系はほぼ確立しましたが、まずは、プロジェクトを進行する上での大前提である「カテプシンK活性を阻害することにより骨吸収が抑制される」という仮説をきちんと証明する必要がありました。当時はまだsiRNAなど存在せず、アンチセンスオリゴDNA(AS-ODN)を用いたカテプシンK翻訳抑制の影響を検討しました。その結果、カテプシンKに対するAS-ODNは濃度依存的にピット形成を抑制すること、そしてその抑制効果は、他のカテプシンも同様に阻害するE-64(システインプロテアーゼ全般に対する阻害剤)のそれとほぼ同等であることが示されました。
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実は、それ以前から、カテプシンBやLなどに対する選択的阻害剤を用いた研究は行われており、当時はその結果に基づき、主にカテプシンLが破骨細胞による骨基質分解を担うと考えられていました。しかし、我々の結果は、実際はカテプシンKこそが骨吸収の中心的な担い手であり、他のカテプシンの寄与は極めて小さいことを明らかにしたことになります。このことは、私が行った各カテプシンmRNAの絶対定量解析の結果、すなわち、ヒト破骨細胞においてカテプシンKは他のカテプシンに比して圧倒的に優位に発現する、という結果からも裏付けられました。それまでの「カテプシンL説」は、用いた阻害剤が構造的に類似しているカテプシンKの活性を阻害したために誤って導き出された結果であったと推察され、実際に我々はそのことを酵素アッセイにより明らかにしました。

ピットの体積を計れることにより、ピットアッセイ方法は破骨細胞の骨吸収作用を詳細に評価できる素晴らしい評価系となりました。

走査型電子顕微鏡では、コラーゲン線維が不消化でピットの中に残存していました。今回の結果から、カテプシンKの骨破壊作用を一段と明らかになりました。


参考文献
1.Ishibashi, O., Inui, T., Mori, Y., Kurokawa, T., Kokubo, T., Kumegawa, M.: Quantification of the expression levels of lysosomal cysteine proteinases in purified human osteoclastic cells by competitive RT-PCR. Calcified Tissue International, 68; 109-116, 2001.
2.Inui, T., Ishibashi, O., Inaoka, T., Origane, Y., Kumegawa, M., Kokubo, T., Yamamura, T.: Cathepsin K antisense oligodeoxynucleotide inhibits osteoclastic bone resorption. Journal of Biological Chemistry, 272, 8109-8112, 1997.

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by rijityoo | 2012-08-28 16:16 | カテプシンK物語(23) | Comments(0)
カテプシンK物語~組み換え型ヒトカテプシンK~
大阪府立大学石橋准教授から第4報が届きましたのでご紹介します。

震災当日、研究室にはいつものようにメンバーが集まり仕事をしていました。ただし、皆、地震のことは当然気になっており、研究室の小さなテレビの前には自然と人が集まっていました。最初は情報も混乱しており、それほどまでに被害が大きいとは思いもしなかったのですが、時間が経つにつれて正確な被害状況が明らかになり、「これは大変なことだ!」という緊迫感に包まれていきました。私も、宝塚の研究所の同僚のことが心配で連絡を取ろうと何度も試みましたが、電話はまったくつながりません(ちなみに、当時は携帯電話などほとんど普及していない時代です)。

しばらく経って、ようやく上司とも連絡が取れ、研究所のメンバーは皆無事であることが確認できました。人的被害はないということでとりあえずホッとしましたが、やはり研究所内の物的被害は甚大であることを伝えられました。すぐにでも戻って復旧作業に加わりたいところでしたが、まだ交通もマヒしており、「今研究が続けられるのは君だけだからそのまましばらく残りなさい」、と言うことで、私は結局久米川先生の研究室にさらに3か月ほどお世話になることになりました。(石橋さんのアパートも大被害で、ドレッサーがベッドに倒れかかっていたそうです。埼玉にいて難を逃れたようです。)

このころでしょうか?チバガイギーの小久保氏と特許の件が話題になりました。昆虫細胞による組み換え実験系をとの考えでしたが、会社の関係もあり、残念なことに結論を得ませんでした。

その間、宝塚の方では社員の絶え間ない努力により、復旧作業が急ピッチで進み、1-2か月で研究が再開できる状況に至りました。そこで明らかになったことは、組換え型ヒトカテプシンKを大量発現させるべく作製していた昆虫細胞株やウィルスが、すべて死滅してしまったという衝撃の事実でした。実は、我々にとって昆虫細胞発現系は初めての試みであったのにもかかわらず、ほとんどトラブルもなく構築に成功していました。そこで、最初は、同じものを簡単に作製できると安易に考えていた雰囲気もありました。しかし、前回の作製時はいわゆる「ビギナーズラック」であったのでしょうか、同じように実験しても、なかなか前のようにはうまくいきません。結局、試行錯誤を繰り返し、再度昆虫細胞株を作製するのに数か月の月日を要しました。
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石橋准教授らがカテプシンKの作用機序を生化学的に明らかにした結果を模式図化したもの
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カテプシンKの抗体をかませると、コラーゲンは未消化であることを示す走査電子鏡写真

以上のようなメンバーの努力の結果、最終的にヒト組換え型カテプシンKの精製に成功し、本酵素に関して更に詳細な生化学的解析が行われました。その中で最も大きな発見は、カテプシンKが、未変性、すなわち3重らせん構造を保持した状態のⅠ型コラーゲンに対する分解活性を有するということでした。一般的に、コラーゲンの3重らせん構造はプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)による分解に対して耐性であり、実際に類似カテプシンであるカテプシンBやカテプシンLは、そのような活性を示しませんでした。骨の有機成分の大部分はⅠ型コラーゲンであり、これは鉄筋コンクリート建築物の鉄筋に相当し、骨の強度の維持に重要な役割を果たしています。骨の新陳代謝の際には古くなったⅠ型コラーゲン分子は壊され、新しい分子に置き換わりますが、カテプシンKは、その点で、骨代謝において重要な役割を担う酵素であることが強く示唆されました。

チバガイギーの研究所は宝塚にあり、大被害を受けたようでようです。一度お邪魔しましたが、スイスの建築基準の建物で大変頑丈な感じでした。しかし、これが返って地震では被害をこうむった様です。

Inui,T.,Ishibashi,O.,Inaoka,T.,Origane,Y.,Kumegawa,K.,Kokubo,T. and Yamamura,T.Cthepshin K oligodeoxynucleotide inhibits osteoclastic bone resorption.J.Biol.Chem.,2721,8109-8112,1997
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by rijityoo | 2012-08-15 06:39 | カテプシンK物語(23) | Comments(0)
カテプシンK物語~その生物活性は~
我々はウサギの破骨細胞に特異的に発現している遺伝子OC-2を発見しました。しかしこの遺伝子OC-2は新規の遺伝子であるのか、また生物活性を持っているのか、等々解決すべき課題が山積しておりました。そこで骨粗鬆症の治療薬に関心のあったチバガイギーとの共同研究が始まったのです。

チバガイギーは上記のことを解決するために、まず、抗体の作製に着手しました。ニワトリであれば種がかなり離れるので、うまく抗体ができるのではないか・・・そう考え、早速外注で作製してもらうことにしました。予想通り、ニワトリを使うことにより、非常に特異性が高く、かつ抗体価も優れた抗カテプシンK-IgY抗体を得ました。(抗体の作製

そこで我々はこの抗体を使って、OC-2酵素の生物活性明らかにしようと、まずその局在性を免疫組織学的な手法を用いて調べることにしました。この研究は骨の組織学的な分野の第一人者である、新潟大学歯学部小澤英浩名誉教授にお願いしました。その結果、OC-酵素は破骨細胞のみに特異的に存在し、しかも骨に面した骨破壊に関係している部位(波状縁)に局在していることを明らかにすることができました。
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次いで我々はOC-2酵素が骨の吸収に関わっているのかどうかを、骨吸収アッセイ法を用いて調べました。吸収窩は抗体によって小さくなるのではと、予測していました。ところが、抗体を作用させても吸収窩の面積には、全く差がないという予想外の結果となりました。

そこで我々は、吸収窩を走査型電子顕微鏡で調べてみることにしました。その結果、OC-2酵素の抗体を作用させると、吸収窩の面積は同じですが、窩洞は浅く、しかも吸収窩底には未分解のコラーゲン繊維が残っていることを突き止めました。OC-2酵素は骨の基質の分解に関わっていることが明らかになったのです。


以上の2つの実験結果から、OC-2酵素は破骨細胞によって産生され、骨の基質の分解に関わっていることが強く示唆されたのです。
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by rijityoo | 2012-08-11 10:30 | カテプシンK物語(23) | Comments(0)
カテプシンK物語~ヒトカテプシンK酵素の精製~
石橋大阪府立大学准教授の第3報が届き来ましたので、ご紹介します。次号は一度作製したカテプシンK発現昆虫細胞株が神戸大震災のために死滅し、1から作り直すことになりました。その苦労話の予定です。


さて、いよいよヒトカテプシンK酵素の精製です。ここで、先に久米川先生が説明された「骨巨細胞種」の出番です。本腫瘍組織は破骨細胞様多核細胞(写真)を多く含む軟組織ですので、本酵素の抽出も容易に行えると考えられました。大阪大学病院から十分な量の腫瘍組織を提供してもらえることとなり、早速抽出を試みました。
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さて、いよいよヒトカテプシンK酵素の精製です。ここで、先に久米川先生が説明された「骨巨細胞種」の出番です。本腫瘍組織は破骨細胞様多核細胞(写真)を多く含む軟組織ですので、本酵素の抽出も容易に行えると考えられました。大阪大学病院から十分な量の腫瘍組織を提供してもらえることとなり、早速抽出を試みました。

当時の助教授で生化学に極めて明るい羽毛田慈之博士(現明海大学教授)に界面活性剤の選択など適切なアドバイスをいただいたこともあり、カテプシンKの分離は思いのほか順調に進みました。はじめは、前回書いた抗カテプシンK抗体を用いて、アフィニティークロマトグラフィーで精製することなどを予定していましたが、実際には硫安分画と陰イオン交換カラムのみで、かなりの程度まで精製することができました。硫安分画において、カテプシンKが相当な高濃度まで沈殿しなかったことが大きな要因でした。

 まず、他のカテプシン(カテプシンLやSなど)でよく用いられる人工基質を用い、様々なpHにおける活性を調べたところ、ほぼ中性付近で高い活性を示すことが分かりました。一般論として、カテプシン類は酸性環境のリソソームでタンパク質分解を担う酵素であり、この結果は少々意外でしたが、その後、この至適pHは基質の種類にも依存することなどの性質も徐々に明らかになりました。

 さて、この様に、私は久米川先生の研究室に出向して、活性を有するネイティブのヒトカテプシンKを分離することに成功しましたが、さらに詳細な解析や、阻害剤開発のためのアッセイに用いるためには十分な量ではありません。

そのため、日本チバガイギーの宝塚研究所では、並行して安定供給可能な組換え型酵素の産生を試みていました。先に試みた大腸菌発現系では芳しい成果が得られなかったため、昆虫細胞の発現系を用いたところ、ネイティブヒトカテプシンKとほぼ同様な活性を示す組換え型酵素が得られることがわかりました。そこで、組換え型酵素を本格的に大量生産し、阻害剤探索のためのアッセイ系を構築することになり、私も約4か月の出向を終えて宝塚に戻ることが決まりました。ところが・・・。

 1995年の年明け早々、当時借りていた坂戸駅前のマンションの部屋も片付け始めた頃、それは起こりました。1月17日、阪神淡路大震災です。

補足:当時、手塚助手は米国のメルク研究所に旅たち、後任に東京農大大学医院を卒業した真野博助手が赴任していました。神戸大震災の際、関西からもう一人、塩野義製薬の覚道さんが、参加していました。研究室のテレビで大震災の模様を心配そうに見ていた新婚早々の覚(彼のニックネーム)ちゃんに「実験はいいから早く帰ってあげなさい」と言った記憶があります。また研究室で募金を募り、新聞社に送ったことも蘇りました。

当時のグループは秩父の夜祭(小生も初めて)に出かけたり、魚釣りにも遠く、山梨県の小金沢まで通いました。筆者も地元故、立派に運転手の役目をはたしていました。秩父の夜祭では、秘書石井幸子さんの実家でごちそうになり、夜祭へと。
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魚釣り、しかし寒くて、寒くて

しかし仕事では各自がそれぞれの分担をこなし、お互いにバックアップしながら能率的に動いていましたね。最高のメンバーに恵まれていたと思います(オリンピック選手のコメントみたいです?)。


参考文献
Ishibashi, O., Inui, T., Mori, Y., Kurokawa, T., Kokubo, T., Kumegawa, M.: Quantification of the expression levels of lysosomal cysteine proteinases in purified human osteoclastic cells by competitive RT-PCR. Calcified Tissue International, 68; 109-116, 2001.
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by rijityoo | 2012-08-06 16:08 | カテプシンK物語(23) | Comments(0)
カテプシンK物語~抗体の作製
大阪府立大学の石橋准教授から、第2報が届きました。ご紹介します。

さて、ヒトカテプシンKのcDNAクローニングには成功しましたが、我々のミッションはその特異的な阻害剤の開発ですから、次なる目標はその酵素タンパク質を得て、酵素学的特徴を明らかにすることです。

実は、ヒトカテプシンKのcDNAがクローニングされる以前に、私はウサギOC-2がコードするタンパク質(すなわちウサギカテプシンK)の組換え型酵素を調整すべく、大腸菌での大量発現を試みていました。ところが、発現自体はうまくいくのですが、組換え型カテプシンKは大腸菌内で不溶性の封入体を形成してしまい、これを可溶化し活性を復活させることにどうしても成功しませんでした。そこで、活性型酵素の調整はとりあえずあきらめ、活性はないものの一部可溶化できた酵素を抗原とし、抗カテプシンK抗体を作製することにしました。

ところが、抗体作製も一筋縄にはいきません。一般的に、ポリクローナル抗体を作製するためには、ウサギを免疫動物として用います。しかしながら、上述の組換え型酵素はそもそもウサギ由来のタンパク質であるため、ウサギに免疫しても異物とみなされない可能性が高いと考えられます。実際、大量に抗原を投与すれば何とかなるのではないかという安易な発想でトライはしてみましたが、案の定うまくいきませんでした。と言って、モノクローナル抗体を作製するのは素人の我々には敷居が高く、外注すれば費用がかさんでしまいます。


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カテプシンKが破骨細胞に局在していることを示す免疫組織写真

ちょうどその頃、ニワトリの卵黄中に分泌されるIgYという抗体が注目されるようになり、抗体作製受託を請け負う会社も現れてきました。ニワトリであれば種がかなり離れるので、うまく抗体ができるのではないか・・・そう考え、早速外注で作製してもらうことにしました。予想通り、ニワトリを使うことにより、非常に特異性が高く、かつ抗体価も優れた抗カテプシンK-IgY抗体を得ることができました。この抗体が、その後、酵素の精製や酵素組織化学による局在解析のためのツールとして大活躍することになります。

コメント:何をやっても一筋縄ではいかないことがわかりました。
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by rijityoo | 2012-08-01 11:13 | カテプシンK物語(23) | Comments(0)
カテプシンK物語~石橋先生の補足
石橋先生の原稿を見て、またいろいろと当時のことが浮かんできました。少し書き加えてみましょう。前に触れた様に、手塚助手はウサギの破骨細胞を使ってクローニングしました。しかしウサギの遺伝子登録はなく、このときはカテプシン様遺伝子(OC-2)としか報告できませんでした。

しかしこの結果が次の仕事への起点となり、チバガイギー社の小久保 利雄博士のグループを動かしたことは間違いありません。実は当時、以前からパートナーの関係にあった日本の製薬会社2、3社とも話し合いました。小久保先生は兵庫県の宝塚市から何度となく足を運び、誠意ある対応をしてくれました。その結果最終的に残ったのが、チバガイギー社でした。

そこでチバガイギー社はスイス本社まで社員を派遣し、ヒトの骨組織からOC-2と同じ遺伝子を同定し、カテプシンKが誕生したのでした。他のグループと同じ日に受理されたという、感動的な結果が生まれました。
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チバ・ガイギ‐のメンバーも飯能市で開いたセミナーに参加している。

当時の小久保先生を私が振り返ってみるに、リーダーにとって大切なことは、先見性、決断力、そして実行力であるということを実感しましたでしょうか。もちろんその時の会社側の事情もあったでしょうが。なお現在、小久保先生は武田薬品工業株式会社で活躍されています。

私たちは破骨細胞の収集にウサギを使用した結果、大きな回り道をしました。もし最初からヒトの巨細胞種を使っていれば、組織量も多く破骨細胞収集とクローニングも別の手法に依ったかもしれません。でもウサギを使ったことで破骨細胞収集のノウハウが生まれ、以後の研究にも活用できたのです。

誰も手を付けていないオリジナルな仕事を、たとえ泥臭くても目的に向かってコツコツとやり遂げられたことは、生命科学映画制作に取り組む小林氏と、チバガイギー社の小久保先生から学んだのかも知れません。
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by rijityoo | 2012-08-01 07:46 | カテプシンK物語(23) | Comments(0)
カテプシンK物語~ひとOC-2相同遺伝子を求めて
チバガイギー社(現:ノバルティス社)との共同研究が始まり、3名の研究員が派遣されてきました。現大阪府立大学大学院生命環境科学研究科准教授である石橋先生は3人目の研究員であり、当時仕事も佳境に入ったころでしょうか。私も知らない舞台裏のエピソードもあり、当時のことが蘇りました。

では石橋先生の物語の始まりです


「私が日本チバガイギー株式会社に入社した次の年、すなわち1994年に、新規骨粗鬆症治療薬の開発をターゲットとしたプロジェクトが本格的に始動しました。その少し前に、すでに紹介されている通り、手塚氏がウサギ破骨細胞からクローニングに成功したOC-2が破骨細胞特異的な新規システインプロテアーゼをコードすることが示唆されたため、本酵素が骨吸収において重要な役割を担う可能性が高いと判断し、久米川先生との共同研究を開始しました。
 

OC-2は、ヒトやマウス等のカテプシンLやカテプシンSと中程度の相同性を有するため、新規のリソソーム局在性システインプロテアーゼ(カテプシン)であることが強く示唆されたわけですが、残念ながらウサギの遺伝子配列の情報は極めて乏しく、その時点で「新規」であることが証明されたわけではありませんでした。そこで、我々は、まずヒトにおけるOC-2相同遺伝子のクローニングを試みました。
 

幸い、スイスのチバガイギー本社の研究所が、変形性骨関節症患者から切除した病変骨端の検体を有していましたので、そのRNAを抽出し、cDNAライブラリーを作製しました。ここから、ウサギOC-2 cDNAをプローブとして相同cDNAをスクリーニングしたところ、程なく陽性クローンが得られました。


このクローンは329アミノ酸から成る蛋白質をコードしており、アミノ酸レベルでウサギOC-2の推定遺伝子産物と94%の相同性を示したことから、ヒトOC-2であると断定できました。ヒトOC-2はヒトの既知カテプシンとは20-50%の相同性を示しましたが、同一の配列を有する遺伝子はデータベースに存在しておらず、この時点で新規カテプシンをコードする遺伝子であることが確認されました。また、ノーザンブロット法により、ヒトOC-2もウサギと同様に破骨細胞に選択的に発現することが明らかになりました。

実は、ほぼ同時期に国外の研究室でもヒトOC-2のクローニングに成功したという情報が入ってきており、この成果を論文にまとめることは急務でした。そこで問題になったのが、この新規カテプシンの命名です。当初、我々は、破骨細胞(Osteoclast)に由来することから、カテプシンOと名付け原稿を作成していました。

しかし、投稿直前になって、「Human cathepsin O. Molecular cloning from a breast carcinoma, production of the active enzyme in Escherichia coli, and expression analysis in human tissues.」というタイトルの論文がJBCに掲載されたのです。このことを知り、我々は一瞬「やられた!」と思い愕然としました。

時期が時期だけに、我々がクローニングしたものと同じ遺伝子の報告であると思い込んだのです。しかし、冷静になって配列を調べてみると、それはOC-2とは全く別物であることがわかり、一安心しました。但し、もはや「カテプシンO」の名前は使えません。代わる名前としていくつかの案があがりましたが、当時当該プロジェクトのリーダーであった小久保 利雄博士(現:武田薬品工業株式会社)が提案した「Kumegawa先生のK」という案でまとまり、カテプシンKという名前でBBRCに報告しました。1995年初頭のことです。

結果的に、時をほぼ同じくして、我々以外に3つの研究グループから独立してヒトOC-2のクローニングが報告されたことが、競争の激しさを物語っています。彼らは、それぞれ独自にカテプシンO、O2、Xという命名をしましたが、最終的に我々の「カテプシンK」が正式名称として採用されたのは実に幸運なことでした。

他グループによる命名について考えてみると、Oについては先述の如く別のカテプシンと重複し、O2などといった2文字の命名は先例がなく、またXは「得体の知れないもの」というイメージから不適切と判断され、最終的にKが生き残ったと推察していますが、この点については、先に述べた小久保氏のファインプレーと言えましょう。(但し、後で思えば、Kというのは小久保氏や手塚(建一)氏のイニシャルでもあったのです。)
 

何はともあれ、以上のようにヒトにおいても破骨細胞特異的システインプロテアーゼであるカテプシンKの存在が証明され、本酵素が骨粗鬆症治療薬開発の新規ターゲットとなりうることが現実味を帯びてきました。次回は、引き続き行われたヒトカテプシンKの酵素学的性質に関する研究の展開について紹介する予定です」

補足:私たち論文が受理された11月29日、ミシガン大学のグループも同様の遺伝子も発表されました。人生で最も感動した日でした。

参考文献
Inaoka,T.,Bilbe,G.,Ishibashi,O.,Tetsuka,K.,Kumegawa,K.and Kokubo,T.:Molecular cloning of human cDNA for catepshin K:novel cystein proteinase predominatly expressed in bone.Biochem.Biophysic.Res.Commnu.,206,89-96,1955
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by rijityoo | 2012-07-30 19:25 | カテプシンK物語(23) | Comments(0)