久米さんの科学映像便り
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科学映像館理事長の久米さん。映像遺産を守り、生かすための日々!
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乳製品が不足って

  今回は少し科学映画とは関係のないお話。実は7年前から雪印乳業の支援で骨の健康づくりの啓発活動を行ってきた。その母体は骨の健康づくり委員会である。HPの企画、管理と各地での骨の健康づくりセミナー。本年7月18日開催予定のセミナーは25回目を迎える。科学映像館の事務所は骨健の間借り。昨年のセミナーで生命誕生などの映画も上映、約500人の参加者で、誰もこの名画を知らない、観たこともない。本当に嘆かわしいですね。

  といった関係で雪印乳業と打ち合わせなどで接することも多い。そこで理解しがたいことが。確か1昨年でしたか、牧草の育ちがよすぎて生乳があまり、酪農家は生乳を捨てていた光景をたびたび目にしたですよね。北連を始め、乳業メイカーに加工と保存能力がないため、捨てざるを得ないとの情報。しかしバターとスキムミルクに加工保存すれば、例の加工乳として使用できるのではと単純に考えたのですが。

  牛乳過剰後、政府の指導もあったと思うが(?)、3大乳業メイカーは、こぞって各社100億円規模のチーズ工場の建設を。日本人はまだまだチーズにはなじまない、市場も大きくないと思う《確か年間15万トン程度、85%は輸入)。

  我々が食するのはせいぜいプロセスチーズかナチュラルチーズのカマンベールくらい。中国への輸出を考えたのか。しかし、日本にも、中小規模のナチュラルチーズ工房が多数あり、毎年世界で金賞を受賞している工房も。工場単位のナチュラルチーズは考えにくいのでは。

  牛乳過剰後、北海道では過剰設備投資の酪農家は、転業に追い込まれたり《北海道在住の友人からの情報)、ニュウジランドの干ばつのためもあり、一挙に昨年末から乳製品の不足が。バターもスキムミルクも在庫が全くない状態とか。チーズ工場よりも乳製品の在庫調節を考えるべきではなかったのか。せめて国内で在庫調整が出来る方策が不可欠。酪農は国策であり、酪農家も乳業メイカーも政府に振り回されているようである。

  食料の自給量が40%を切れたと大騒ぎ、また急に米食をと一大キャンペーンをはる農水産省《全国紙1ページの広告)。色々な面で信用をなくしている役人《不人気度第一位)、政治家《2位》。この頃の若者はと胸はれる人が(?)。
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by rijityoo | 2008-03-29 20:09 | Comments(0)
科学映画の日本史と題する修士論が修士卒業生から
 

  昨日、東京大学修士課程卒業生から、科学映画の日本史と題する論文が贈られてきた。彼女の専攻は、文化 情報学コース。150ページを越える内容豊かな大作である。皆さんにお見せ出来ないのは残念。

  そもそも彼女がこの分野に足を踏み入れた切っ掛けは、小学生時代、NHKの科学番組、カエルの発生や植物の微速度撮影による映像を観たことに端を発しているらしい。風邪などで学校を休み、これらの番組が見られたのは、彼女にとっては大変幸せであったと記している。チャネルが増えたにも拘わらず、じっくりと取り組んだ番組が少なく、このような科学番組を子供達が観る機会が少ないのは、極めて残念である。理科離れも致し方ないのかも。

  彼女は、大学では農学部で腸内細菌、とくに乳酸菌の研究を。しかし彼女は研究自身より、この生物の神秘と謎を多くの人に伝えたい、、知ってもらいたいと。その後、最近の科学映画祭をのぞいてみたが、テレビなどですでに見たものが多く、これぞと感動させる映画は見当ず、不満の日々を過ごしていた。

  ある日、ゆふいん文化科学映画祭の開催を。そこで上映された樋口監督の真性粘菌の生活史を観て科学映画の面白さを。わかったことをわかりやすくことより、わからないものをどうするか?が彼の映画制作の基本であったと。同様のことは、小林さんの映画制作姿勢であったとおもう。

  当日、樋口さんと3年間一緒に撮影した石井薫久氏がこの映画には、ナレイシオンは無用であり、映像が全て語るとのこと。実は小林米作さんもナレイシオンも音楽も時により邪魔であると。それぞれの感性で映像を鑑賞して欲しいと。この映画祭に参加して、彼女は修士の学位論文のテーマに科学映画の日本史を選んだだようである。

  資料的な解析ばかりでなく、上映会の企画、科学特捜隊を作り自分達で科学映画を掘り起こし、また現存の映画制作者とインタービュウーを重ねながら、科学映画制作の現状と問題点を掘り下げ、さらに今後への提言を。とにかく埋もれ、劣化しつつある科学映画をなんとかしないと結んでいる。

  科学映像館の活動とも相通じるものであり、今後の活動に似期待したい。幸い名古屋の新聞社に入社、この面に関する仕事を発展させたいとのこと。大いに歓迎である。そしてこの論文を何らかの形で世に出して欲しいと願う。 
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by rijityoo | 2008-03-28 14:03 | Comments(0)
NPO法人の住所変更がやっと

  本日、川越法務局支所で住所変更がやっと受理された。この変更はマイナーの変更といわれているが、中々であった。事後承諾でも良いのではと。

  定款の2条に主事務所の記載事項がある。この事務所の変更には、まず引き越し前に
臨時総会が必要。次にNPO支援センターに変更の届け。NPO法人のガイドブックを見れどドノ書類をどう記載するか不明。県の支援センターに問い合わせると、担当者は本日出勤していないので、形態番号が知らされる。彼曰く5万円出せば、こちらで一切代行しますよとのこと。

  スタッフが支援センターに出向き、説明を受け郵送。ところがである。法務局で登記の変更が必要で、こちらに来ていただければ説明するとのこと。2,3の説明のみで、インターネットで十分ではと。いわくこう言った仕事は司法書士が代行するのですがねと。事務所の壁に司法書士の名前が堂々と掲示されている。本当に何とかならぬか日本。でもこれで終わったと思うが、要した時間とエネルギーは。

アーまた法務局から呼び出し、訂正があるらしい。届け印ににじみがあるらしい。あすの朝もう一度。早速今朝印鑑を持参、やっと完了?事務所に着くや否や、電話が。議事録の名前で点が一個余分にあるらしい。こちらで修正をと。もう勘弁願いたい。窓口の人は,誠実に仕事をしていると感じるが。しかし、1NPO法人の書類にりん議書の印鑑が10数個。何処も同じですね。

  三水会のメンバーが内閣府に申請の際、一旦支援センターで受理、2ヶ月の周知後、呼び出され、内容に問題があるので訂正して欲しいと。現場に前回受け付けた職員がいたが知らぬ
存ぜぬの一点張り。再度訂正後、2ヶ月の周知期間とあいなったと。本当にもっと何とか。
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by rijityoo | 2008-03-26 13:30 | Comments(0)
春日氏の68の車輪撮影の想い出を読んで

ブログの桜がぴったりの季節になりました。年度末をひかえ、ご多忙の毎日とお察しします。朝晩の電車も卒業式、謝恩会に出席の女子学生で華やかです。しかし、この年度末、なんとぎすぎすした日本、いや世界ですか。
 

  68の車輪は約300トン変圧器を1週間かけて目的地まで運ぶこと。運送担当者は、
周到に準備し、毎晩作戦会議を重ねての作業。しかし途中に何が起るのか、予測しがたい厳しい作業であったと思う。したがって映画制作側への配慮する余裕もなく、一方的に作業は進行せざるを。であるが故、緊迫感一杯の映像が、何時何時までのも新鮮で、観る人の共感を呼んでいるのではと思う。これがドキュメンタリ映画。実は撮影者の春日氏自身、科学映像館によるインターネット配信で久しぶりにご覧になったとのこと。

  ちなみに68の車輪は配信を開始して以来、今日までに4,350人の方が、751時間ご覧になっている。このような日本の戦後における、産業部門,生命科学、風俗文化などを描いた名作が、制作会社、企画した会社などの関係各所に保管されている。しかし、全てが好条件で保管し、鑑賞できる状態ではない。あるものはフィルムの原版が破棄され、またプリントも傷つき、劣化してセフィア色に変色したものも多いようである。これらは貴重な映像遺産である。そして多くの人がこれらの映画を、再び鑑賞できる仕組みが求められている。何とかせなと思うが如何。


  先日、野尻湖ナウマン像発掘の記録はないものかと。博物館に現存している16mmフィルムをみせて頂いた。フィルムは映写時の傷が激しく、再生困難との結論に。版権の問題もあり、制作した3編の原版、制作会社、制作者をあらゆる手段で調べたところ、一編の制作会社は現存せず、制作者はすでに他界されていることが。現像所にもフィルムはなく、近代美術館付属フィルムセンターに孤児として保管されていることが。これで何とかの目どが。しかし同様のフィルムがなんと1,200本センターに眠っているとか。我々のフィルムは運良く見つかったが、本当に何とかしないと、永遠に日の目を見ないでことあろう。

  残りの2編は制作者、会社も現存しており、先日来交渉を重ね、前向きのご返事をいただいている。
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by rijityoo | 2008-03-22 17:13 | Comments(0)
68の車輪の想いで、撮影者 春日友喜氏より


  68の車輪は依然、多数の方にご覧いただいている。先日お知らせしたように撮影者の春日氏から68の車輪撮影についての想いでを寄せていただいた。春日氏の原文を一部修正。

  68の車輪 懐かしいタイトルです。
 
  半世紀に近い昔の作品であり、当時の記憶は、大半消えてしまいましたが、 断片的に残った撮影現場の様子を、呼び起こしてみたいと思います。当時の制作者、制作主任、監督、撮影、照明、録音担当者など主要なメンバーは既に他界し、私以外に見当たりません。しかし、作品は残り、久米川先生のご努力により、再び日の目をみることができ、大勢の方に観て頂ける事を大変嬉しく思っています。

回想 一
   
  深夜の国鉄常磐線の踏切を横断するシーン。最終列車と一番列車の短い間隔の間に踏み切りを渡らねばならず、、緊張が予想される時間帯でありました。午前1時が過ぎた頃、最終貨物列車が通過し、高圧電源が切られました。その瞬間、静かに待機していた現場は、たちまち騒然となり、戦場のような雰囲気に。線路補強の槌の音、上に敷く厚い鉄板を運ぶ掛け声、大勢の作業員が入り乱れて飛び交う中、作業は敏速に着実に進行しました。

  さて撮影隊といえば、この状況を予測できず、、甘い撮影設計がアット言う間に崩れ、頼みのライトが所定の場所に届かず、ライト、ライトと大声で叫ぶカメラマン、重いライトを運びながら怒鳴り返すライトマン達、次第に殺気だって来ました。作業用のライトでもちょっと当たればカメラは回る。この緊張と疲労は夜明けまで続き、今まで経験したこともない、撮影現場だったと記憶しています。

  デパートの屋上から撮ったロングショット。画面の中では、ライトマン達が重い10キロライトを担ぎ右往左往しながら、必死で照らそうとしている様子が。普通だったらライトが剥きしの画像なんて撮るわけがないのですが、これがドキュメンタリ映画です。

  今ではあの時の助手は誰だっけなんて思い出し、プット吹き出しながら、楽しく振り返れる程年月が過ぎ去ってしまいました。


回想 二

  私はB班として撮影に参加していました。友軍と言うか割合気楽な立場で、運ばれるトレーラーの回りの状況を、味付け用に撮影する役目。春の野原を一週間ほど楽しめる予定だったのです。しかし踏み切りを渡った翌日、異常事態が起こりました。

  車の免許を取ったばかりのカメラマンが、昼休みの間に交通事故を起こして病院に入院。直ぐに現場の進行係りが病院向かったのですが、状況を充分運搬担当者に伝えない内に、何事もなかったように午後の作業を開始したのです。

  その瞬間、友軍であった私がメインのカメラマンに早変わりし、有無を言わせずトレーラーの周りを走り回り撮影しました。交通事故の様子を気に掛けながらも、タイヤの側で身構えると、当然のように撮影に集中。夕方、田んぼの低い土手つまずいて転ぶ程、疲れ果てていたことを今でも鮮明に覚えています。

  カメラマンは、対向車と正面衝突した割にはたいした怪我もなく、一週間程度で退院しましたが、現場への復帰は出来なかったようです。


回想 三

  断片的な記憶の中で、今でも鮮明に思い出せる人がいます。あのトレーラーの屋上でハンドルを握っていた運転手の顔です。50歳前後で精悍な表情と真剣な目を持っていた、本当のプロのドライバーの威厳がありました。危険な場所に来ると、何回となく大声で怒鳴られたものです。

  こちらも少々邪魔をしても是非あの顔を撮りたいので、夜になると、ライトを照らす。運転者は見にくい筈で、鬼のような顔をして怒鳴ります。撮り終わってすみませんと大声で返します。そして目と目が合うと、何かお互いを認め、通じあっていたような気がします。私よりかなり年輩のように見えたので、多分もうお会いすることは出来ないでしょう。

  無我夢中で頑張った 68の車輪 、今は亡き朋友M監督。いつも撮影中、彼の顔は、左肩の側にありました。。そして次の撮影対象を耳元で指示してくれたのです。スタッフの皆さんから信頼、尊敬されていた監督が、完成後、教育映画祭で演出技能賞を受賞され、、全員苦労が向われたと思う。
 
 
  

  
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by rijityoo | 2008-03-21 12:31 | Comments(0)
今月の三水会便りは野口幹夫氏の外郎売(ういろううり)と茶の湯

 3月の三水会は学士会館で5時から開催。今月のリポーターは野口幹夫氏。茅ヶ崎市の野口氏のご自宅近くに九代目市川団十郎の別荘跡があり、団十郎公園として名を残しているとか。二代目団十郎が歌舞伎の十八番に早口言葉のせりふが売りの外郎売があるのは、ご存知の方もおられると思う。例の(拙者親方と申すはお立会いの内ににごご存知のお方も御座りましょうが、、、、、、、、、)とA4版約2ページの長いせりふである。演劇やアナウンサー志望の方は、この長いせりふで勉強されるとか。

  野口さん、このせりふを全文覚えられるだろうかと、まず挑戦され、見事に2週間で覚えられる。さらに2ヶ月かけて全部暗礁。昨夜見事にご披露された。参加者一同、野口さんの完璧な朗読に拍手喝采。ただご披露されただけでなく、せりふの内容を時には足を運び、現存の有無を確認。
小田原ういろう本家、青物町商店街などの存在。歌舞伎の珍薬(ういろう)と名古屋名産のお菓子のういろうの関係などを、実に詳細に調査、解析されているのは実にみごとである。

  さらにお話は、外郎売と茶の湯とへ。茶の湯への関心は、せりふの《お茶たちよ、茶たちよ、ちやっとたかちゃ、茶だちよ、青竹茶筅でお茶ちゃやっとちゃ)最も言いにくいせりふに関心が。種々調べられた結果、庶民の飲み物であった抹茶が、最もカテキンを初めとする茶の有効成分を保有し、養生の仙薬へとの結論。これは抹茶の製法、低温の碾き臼で微粉にすること。また他のお茶のように成分の一部を抽出することなく、お茶の全てを飲み干すことにあるらしい。

  そして最後に野口さんは、気楽流、自由な抹茶の楽しみ方を。三水会では抹茶をお菓子とともにサービスしていただいた。野口さんの徹底的な探究心とサービス精神に感服。詳細は近日骨の健康づくり委員会HPの花の雑学、三水会便りに。ご期待ください。

  補足:(1)無農薬で栽培されたお茶であるか、お茶の栽培は難しく、農薬が使用されていることが多いらしい。したがって残留農薬が気がかり。要注意。
 
(2)9ミクロン程度の均一な微粉末でないと、攪拌してもコロイド状、いわゆる泡だちが        よくない。100ミクロンのメッシュで振り分けたものもあるらしい。野口さんは、専門家にお願いし
  抹茶をレーザー解析散乱式粒度分布測定器で微粉末の状態とコロイド化の関係        を明らかにされたとのこと。家内も茶道を楽しんだようであるが、抹茶自身ついては教えうけ  たこともなく、また教本にも触れられていないようである。
      
(3)最近は瞬間冷凍微粉末のコーヒー、お茶も発売されているようである。茶道の作法は別とし  て、この微粉末を活用されることも。
 
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by rijityoo | 2008-03-20 17:35 | Comments(0)
68の車輪の撮影者の1人、春日 友喜氏から近々レポート

  68の車輪は3月になってもトップを走り続けています。企業戦士の活躍、当時への色々な思い、貨車、貨物自動車マニヤなどに支えられての結果とおもいます。とにかく、多くのブログで紹介されています。

  この映画にはスタッフの明記がないのですが、先日の第2回上映会会場にカメラマンの春日友喜氏がこられ、撮影の裏話を少々お聞きしました。撮影のご苦労、ハプニングもあったとのこと。そこで撮影について書いて欲しいとお願いしたところ、ご承諾を頂き、近々ブログでお伝えできそうです。御期待下さい。
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by rijityoo | 2008-03-18 12:49 | Comments(0)
NPO法人の住所変更、何とか


  NPO法人科学映像館を支える会の主たる住所は、2月上旬まで埼玉県ふじみ野市にあったが、契約満期のため富士見市に引き越し。さてこの手続が大変。各地区にあるNPO法人支援センターによると、臨時総会を開催のうえ、変更願いを提出とのこと。ガイドブックに変更願の雛形なし。支援センターで初めてこの様式にかように記載し郵送とのこと。

  さらに定款2条の主たる住所の変更ゆえ、法務局に出頭とのこと。変更願の様式は、その際手渡されるらしい。とにかく法務局で説明が必要とのこと。支援センターに変更願いの用紙くらい準備してもらいたいと思うが如何。とにかく縦割り行政にうんざり。そして住所の変更になぜ臨時総会まで必要なの。
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by rijityoo | 2008-03-17 15:12 | Comments(0)
天下り、何とか?

  20年前(?)になると思うが、天下りの存在がささやかれ始めた頃のお話。当時、筆者の子供は中学生。某省の課長さん(ノンキャリヤー)のお嬢さんの席仲人を。何回かお会いし、子供の話に。彼氏いわく、子供さんは是非お役人にされるといいですよとのこと。娘でもとの質問に、当然。総論と各論は別ですと。残念ながら、子供にその才能も意志もなく、別の道に。

  彼の履歴を具体的にお話していただいた。彼は地方大学の工学部出身。某省の課長で、当時の金で1億円前後の予算を自由に。県庁への出張などは名ばかり。資料は空港で、会議では2,3分の挨拶で全て。

  例の片たたき、まず天下り先を5件示され、気に入らなければ、もう5件の提示。これで2年3期、第2の人生が。彼は裸一貫で上京してきたが、まずまずの老後の心配はないと。年俸、蓄財すべてお聞きしたが、最近の話題の額どころでは。日本は今でもとにかくお役人天国。
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by rijityoo | 2008-03-16 17:34 | Comments(0)
資生堂企画の映画4月から配信予定


  資生堂は1972年、The Skin,の科学映画制作に始まり、皮膚を多方面から科学的に究明。例えば、皮膚と呼吸、皮膚は生きている、こころと皮膚、夏の肌、紫外線と肌、においの科学、洗顔、化粧品と皮膚呼吸など。最近の化粧品、見かけが前面のように思われるが、資生堂は科学的資料をもとに化粧品作りに取り組んできたようだ。

   また伝統文化面の映画もリストアップされている。ひな祭り、葵祭、女性分化史ー平安の幻想、十二単など30編の映画配信を予定。乞うご期待。

   一方、野尻湖ナウマン像発掘の記録。調査団が企画した3篇中1編の35mmネガ原版の
所在が明らかに。他の2編も制作会社が現存、制作者も現役でご活躍とのこと。、配信の開始にも現実味が。1960年前のドキュメンタリー映画を明らかにするのには時間が。

また最近、東北地方で永らく活躍されている映画会社の方から、旧金ヶ崎町農協制作、
甦る農民魂、他2編の映画(DVD)がもたらされた。検討してみたいと考えている。その他配信中のカットについての使用希望など、科学映像館活動が徐徐に評価されているようである。
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by rijityoo | 2008-03-14 12:48 | Comments(0)