久米さんの科学映像便り
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プロフィール
科学映像館理事長の久米さん。映像遺産を守り、生かすための日々!
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携帯電話からスマホに挑戦
2個の携帯を解約し、スマホに切り替える。難民ならなければとの懸念も。

ウェブサイトでは昨年4月から配信フォマットを変更し、ほぼ全ての端末での視聴を可能した。しかし、管理者がスマホでチェックできないのではと、本日GALAXYを購入。まず初めに外出時、家との連絡を。

次いでウェブサイトの紹介媒体として活用できればと。明日から少しチャレンジしてみます。スマホ難民にならないことを願って。
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by rijityoo | 2013-07-31 23:31 | 活動の蔵(1、208) | Comments(0)
第二次世界大戦後に初めて日本のメーカーが開発した旅客機(YS-11)には想い出が・・
YS-11 ~新しい日本の翼~
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1963年 32分(カラー)

企画:日本航空機製造株式会社 製作:日映新社
Get Microsoft Silverlight


【製作者の言葉】
YS-11(ワイエスいちいち)は、日本航空機製造が製造した双発ターボプロップエンジン方式の旅客機第二次世界大戦後に初めて日本のメーカーが開発した旅客機である。正式な読み方は「ワイエスいちいち」だが、一般には「ワイエスじゅういち」、または「ワイエスイレブン」と呼ばれることが多い。時刻表ではおもにYS11またはYSと。
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by rijityoo | 2013-07-31 08:01 | おすすめ映画(340 ) | Comments(0)
科学映画製作者東京文映社長土屋祥吾氏との出会い
ある映画関係者のご紹介で約3年前、土屋氏と初めてお会いする。科学映像館活動について資料をもとに約1時間ご説明、作品の提供をお願いする。

その後、土屋氏はご提供していただく11作品の素材をお持ちになり、東京光音で再度お会いする。作品を見せていただくと、どの作品も取り上げられたテーマと内容が素晴らしく、配信の許諾をお願いする。

東京光音から最寄りの駅までの間に、作品内容を伺う。主として日本住血吸虫についてのお話し。残念ながら筆者にその予備知識がなかったが、この映画は科学技術映画祭で長官賞を得た作品で、授賞式に同席されていた小林米作氏から「土屋さん、いい作品だ」とお褒めいただいたとことで納得。

その後、土屋氏から会社に関する履歴書と製作作品一覧表作品に関するパンフレットが届き、その素晴らしさをあらためて確認。「脳をつくる」(科学技術映画祭内閣総理大臣賞)、地方病との斗い」(科学技術映画祭長官賞)、「振動の世界」(同長官賞)を始め、17作品科学技術賞長官賞を受賞されている。そして東京文映は科学映画、教育映画で200作品にも余る貴重な作品を世に送り出している。またひとりの素晴らしい科学映画製作者に新たに出会えたことに。

その後、現在配信している11以外の作品をもと、電話でお願いする。しかし、中々いい返事が得られない期間が約2年、少し小生の対応に問題があったようだ。話を重ねる内に、資料から得た表面的土屋氏だけではなく、映画製作に半生をかけた生き様、すなわち映画に取り組んできた姿勢を少しでも深めることができたことは大きな収穫であった。

それは土屋氏がなぜ多く貴重な作品を製作できるのかをある資料、「短編映画の活用を現場から願って」題する記事(自民党機関紙)に見出した。

映画の製作時にまず問題にするのは、映画の主題(テーマ)であるとの内容で、彼はその中で以下のように述べている。「劇映画でも同じことであるが、映画と言う手法によってでなければ語れない、または映画によって、より効果的に伝え得る「テーマ」が明確にされなければならない。何を、誰に見せ、伝えようとするのか。ただ必要だと言うだけでは具体的な企画にならない。映画の主題(テーマ)は映像によって構成されること。これが優れた映画制作の第一歩である。」と。

ついで土屋氏と電話で話す中で、彼が貴重な映画を世に送り出し得たのは、徹底したテーマに関する資料の収集と解析、そして関係者の取材によって得た製作への準備である。そこには土屋氏の人脈の大きさである。

静岡県立浜松高校の同級生には元東大総長有馬 朗人先生を始め、元東電副社長などがおられたとのこと。東京文映の作品には、多くの学術指導者が名を連ねている。監修、指導者の関与がない映画は、信用できないと、よく言われていた。とともに東京文映の作品は、良きスタッフに恵まれて生まれたものと思う。貴重な作品を是非、保管し、未来遺産に加えることが出来ればと願っている。

参考資料
木村繁 地熱利用から「がん」制圧まで サイエンス最前線。朝日イブニングニュース      
    社、1980、東京
山梨県地方病撲滅協会 地方病とのたたかい(体験者の証言)
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by rijityoo | 2013-07-30 07:26 | 活動の蔵(1、208) | Comments(0)
1960年代の国際電話の模様を描いた映像
太平洋横断ケーブル
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1964年 27分 コメントをかく
国際電信電話株式会社
 日本の国際通信センターKDDは、ハワイ、日本(二の宮)間、太平洋横断海底ケーブルの敷設にのりだしました。敷設ルートの海底調査、新型の多重通信式ケーブルの生産が進められ、1964年5月3日、アメリカの敷設船、ロング・ラインズ号が二の宮沖に現われ、太平洋上の敷設作業がしあがりました。かくして計画以来5年、1964年6月19日に歴史的な開通式を迎えたのです。
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by rijityoo | 2013-07-29 10:17 | おすすめ映画(340 ) | Comments(0)
原爆でなくなられた人々の鎮魂と核兵器廃絶・恒久平和を願って
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日本の音風景100選 広島・山口編4話

制作:東京シネマ新社 企画:日本ビクター
1989年 カラー 37分25秒

(1)広島の平和の鐘    00:00
(2)千光寺驚音楼の鐘   08:09
(3)山口線のSL    17:49
(4)関門海峡の潮騒と汽笛 29:41

(1)広島の平和の鐘 
平和記念公園は,本川と元安川とにはさまれた広い公園だ。この公園は原爆の爆心地に近かったため壊滅した繁華街が,戦後,平和を祈念する公園として生まれ変わったものである。
 
平和の鐘は公園内に三つある。一つは広島平和記念資料館東館に展示されており,一年に一度,広島に原爆が投下された8月6日の平和記念式典で打ち鳴らされる。
 
もう一つは原爆死没者慰霊碑北側にあり,訪れる人が自由に打ち鳴らせる。さらに三つめの「平和の時計塔」の鐘(チャイム音)は,毎朝原爆投下時刻の8時15分に鳴る。
 
これら三つの鐘の音は,原爆でなくなられた人々の鎮魂と核兵器廃絶・恒久平和の願いを世界に向けて伝えている。(残したい日本の音風景100選から )
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by rijityoo | 2013-07-29 07:22 | 活動予定(395 ) | Comments(0)
7月もあと3日
7月もあと3日、1ヶ月もあっと言うまに、とにかく早いです。

平成25年度第1回の国立国会図書館への納品作業が終わりました。今回は6制作会社の作品の納品、事務処理に想定外の時間を。一番古い映画は1928年の作品。

早速、第2回納品への準備、作品選びを始める。今回も古い「昭和初期 9.5mm映画」の納品を予定している。DVD-Rマスターの有無、制作会社との契約書の準備、メタデーターとほぼ手順は固まる。しかし最低2ヶ月を要する作業である。
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by rijityoo | 2013-07-28 17:30 | 活動の蔵(1、208) | Comments(0)
地方病とのたたかい(体験者の証言)が東京文映土屋祥吾氏から届く
山梨県地方病撲滅協会が1979年に発刊した「地方病とのとのたかい」がとどく。

一部は地方病と斗ってきた人、苦しまれている人、撲滅のリーダー6名のインタビュウ。二部は撲滅に関わった12名の証言からなる80ページの貴重な記録誌である。

撲滅協会の会長依田敏行氏は本誌の発刊にあたり、「山梨県有病地の農民の間には、悲しいドラマ数限りなく存在していた。この病に立ち向かう術もなく、だだ甘受しなければならない時代は長く続いていた。

明治14年春日居村村長の嘆願書が県令に提出て以来、やっとこの病解明にに手がつけられ、当時の医師会、本邦医学陣がこの究明の着手したのは明治も末期にならんとするころである」と記されている。

それから中間宿主の宮入貝の発見から今年は100年。この地方病の長い長い悲しいドラマに終息宣言がやっと1990年代。これらの長くて、悲しい地方病のたたかいの歴史は「地方病との斗い」収録されているのでご覧いただきたい。
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by rijityoo | 2013-07-28 11:36 | 活動の蔵(1、208) | Comments(0)
農業の厳しさの中に新しい農業への若者の逞しさ、農民の協同作業などを描いた作品
むかしの農業
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全国農村映画協会
1970年頃 30分 金ヶ崎町農業協同組合


 映像提供者の関係もあり、東北地方に関する映像、特に農業・風俗に関するものが大変多い。
今回の「むかしの農業」は第九作目である。たぶん筆者の勝手な想像であるが東北地方の農業の厳しさ、農民の先祖代々の土地を守る執念がひとつの題材として取り上げられ製作されたのであろう。旧金ヶ崎農協と農民が一体となって先祖代々の土地が工業団地や住宅団地化に対する農民の対応を描いた三部作のひとつである。

この三部作では、農業の厳しさの中に新しい農業への若者の逞しさ、農民の協同作業など微笑ましいさまが垣間みれる。じっくりと昔の農業をご覧いただきたいと筆者は願う。
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by rijityoo | 2013-07-28 06:58 | おすすめ映画(340 ) | Comments(0)
先人たちの暮らし、その知恵と工夫を末永く後世に伝えようと・・・
むかしの暮らし
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金ヶ崎町農協協同組合
1975年頃 34分 全国農村映画協会


 自然の中でいとなまれてきた先人たちの暮らし、その知恵と工夫が、末永く後世に伝えられていくことを願って、農協と役職員が共同で、この映画を製作しました。
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by rijityoo | 2013-07-27 22:37 | おすすめ映画(340 ) | Comments(0)
ビデオ「皆でやろう小さな農業」は創設期の「光陽の里」1年間の生きた記録
みんなでやろう小さな農業
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47分 
製作・企画:学園 花の村

 眼前に展開する農地の荒廃を座視するにしのびず、都市住民と農村住民が手を携えて事に当たろうと、静岡の宮城正雄が小田原の報徳博物館の報徳ゼミで呼びかけたのが平成5年11月、80歳の時であった。それから5年の研究活動を経て、平成10年5月、有機農業研究で著名な鳥取大学名誉教授津野幸人博士の指導のもと、掛川市水垂に7㌶の農地を60名の会員が耕作に従事する「学園花の村」が設立された。「光陽の里」である。

それから10年後、宮城正雄は学園花の村近くに、新たに二地域居住型の「倉馬の里」を設立し、今又隣の菊川市に三番目の市民農園「南風クラインガルテン」の創設に取組んでいる。

ビデオ「皆でやろう小さな農業」は創設期の「光陽の里」1年間の生きた記録である。其処には都会の生活の中では忘れ去られた笑いに包まれた仲間とのふれあいの毎日がある。癒しを生み出す土の力をこのビデオの中にご覧いただきたい。

我々は今日も農地を荒廃から守る小さな努力を積み重ねている。その日々の記録は2ヶ月に1回出版の学園花の村の機関紙「はなの村だより」に刻まれている。併せてご覧いただきたい。
農水省の統計は、この20年間荒廃農地は増え続けていることを報告している。有識者が集まり、対策を講じて今なお見通しが持てないままである。昭和恐慌時に「自力更生運動」が下から湧き上がり、それが国の農政の柱となった過去を思う。われわれの活動に将来の展望を開いてくれるリーダーの出現を待つこと久しいものがある。


学園花の村広報担当  伊藤公博
協力

写真提供:掛川市
タイトルデザイン:すずき麗華
社団法人 倉真報徳社
社団法人 初馬報徳社


脚本・演出:斉藤 次男
ナレーション:和田 篤
効果音:内田 茂樹撮影・編集:朝田 健治
選曲:柿本 桂一
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by rijityoo | 2013-07-27 13:45 | Comments(0)