2026年 06月 09日
小林米作と科学映画
1958年、一編の科学映画が世界を驚かせました。東京シネマ代表・岡田桑三氏と製作した「ミクロの世界」が日本だけでなく、パドヴァ、ヴェニス、ロンドン、ブリュッセル、モントリオール、モスクワ等の国際映画祭において、軒並み最高賞を受賞したのです。
このニュースは新聞紙上でも大々的に報道され、当時ノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士や水泳の世界新記録を樹立した古橋広之進氏のニュースと同じように、終戦後の疲弊に苦しんでいた日本の社会に明るさと元気を取り戻すという評価を得ました。
このカメラマンが小林米作でした。社会に貢献したカメラマン小林米作は国語の教科書にも載りました。「ミクロの世界」の製作には、当時新進気鋭の医学者たちが力を惜しまずに参加し、作品の学問的価値を高め、それについてこの映像が国際的な研究発表や教育の現場にも役立っていきました。
その後も「生命誕生」等の名作が次々と世に送り出されましたが、これらの作品が撮られた生命現象は、製作当時には見過ごされても、現代の新たな学問の水準から見た時、なお多くの意味を語っているのではないでしょうか。この記録映像には、未来に向かっての価値が潜んでいるに違いありません。

この学問的意義を求める一方で、小林米作は科学映画を総合芸術としてもとらえていました。たとえば、三日三晩寝ずに微速度撮影した細胞分裂が映像が資料的には充分であっても、色彩・構図など映像表現の美しさに満足がいかなければ、何度でも撮り直しをしました。また、時代に先駆ける表現を求めて、当時の新進作曲家、黛敏郎・武満徹・松村禎三・一柳慧・間宮芳生等の諸氏に作曲を委嘱し、映像と音楽の総合を図っています。
「生命誕生」にパドヴァ大学科学教育映画大会(1963年)審査委員会は「この映画は、最高の技術と映画的表現の天才的駆使により、奇跡的完璧さをもって生物学の本質的現象を描き出している。それはまた高い抒情性にまで達した興味津々たる記録であり、かつ、人類の手による科学研究の頂点においては、科学と芸術とがまったく1つのものとなるという事実を映画的に立証している」と絶賛しています。
生命現象を見つめる愛と科学する知性、新しいものに立ち向かう勇気をもって制作された小林米作氏らの科学映画が、科学と芸術の進歩に役立つことを願ってやみません。
2026年 06月 09日
「科学映像館の設立に寄せて」開裕司京都大学名誉教授
< プロフィール >
開祐司
- 平成3年12月
- 大阪大学講師歯学部
(生化学講座) - 平成6年6月
- 大阪大学助教授歯学部
(生化学講座) - 平成10年6月
- 京都大学教授再生医科学研究所
(生体分子設計学分野)

京都大学・再生医科学
研究所教授 開祐司
科学映像館の設立によって、ヨネプロによるミクロの目で「生きていること」を捉えた誇るべき映像群が、35mmネガフィルムからハイビジョンでデジタルアーカイブされることで未来に受け継がれることになった。
四半世紀も前になるが、骨粗しょう症予防の科学映画に加えるために、培養軟骨細胞を微速度撮影していただいた。
大学の新任助手として働き始めた1年目の終わりで、中之島(大阪)にあった旧蛋白質研究所の一室を代用した粗末な培養室に、機材を持ち込んでもらった。自分の培養技術も十分でなく、かなりの不安と緊張を感じつつも撮影を終えることができた。その映像の一部を今でも講義で使っている。
細胞が活発に動き、増殖し、分化していく。この映像が私の研究活動を支えるインスピレーションの源泉となってきたと思う。「生きていること」が時間を生成しているのだとすれば、生きている現象は動画映像でなければ捕まえられない。
50歳を過ぎた頃から、自分が「生きた時代」というものがそこにできていることに気付かされる。同時に、あなたが「生きていく時代」を伴走する自分の存在にも気付く。
これまで、一度読んだ本を二度読み返すことはしなかった。
それが、かつて目を通したものを再び眺めて確かめたくなる。
「私の時代」の手触りを確認したいからだ。
そんなわけで、時間の生成と生命を考え始めると「時」(渡辺慧著)のことが気になり出した。私が生まれる少し前の1947年に「時間」として出版されたものが、少し体裁を変えて1974年に再び出版されたものなのだが、物置の奥まで探し回るのはおっくうだった。
Amazonにアクセスすると、たちまちのうちに出品された古本として入手することができた。デジタル情報は軽快である。今、映像も音も文書も単にデジタルな情報として操作される時代に、私達は放り込まれている。
このような時代にあっては、情報を送る側と受ける側で決めたルールが問題であって、その間をつなぐ物的な制約からほとんど自由である。それだから軽快なのだが、事実と幻想の壁も自由に通り抜けることができてしまう。
今、誰にでもある「私の時代」の終わりを書こうとしているのではない。私達は背後にあるもっと大きな時代の終わり、「自然科学の近代化」の時代の終わりにつきあっているのではないかと思う。
大学受験では、迷ったものの文学部を選ばずに理学部を選んだのには理由がある。19世紀の後半以降、物理学と化学が革命的に近代化を遂げた。やんごとなき人々の権威や神の啓示を独占する人達の指図ではなく、五感に触れることで誰でもが共有できる事柄を組立てることで、世界像を手に入れることができる。
そのことが宇宙の果てまでも貫徹するはずだとの確信が、誰でもが自分の主人でありうる自由を与えてくれる近代の喜びの源泉だった。こうして自然科学は技術と手を結んだし、私のような職業科学者も成立することになった。「自然科学の近代化」がもつ貫徹力への敬意と憧れが、自分を理学部にこだわらせた。現在ではどうなのだろうか。
化学における染料の化学合成と銀塩写真の発明は、物理学の近代化における蒸気機関の発明に匹敵する役割を担った。そしてこの半世紀で、ついに生物学が近代化された。最も関心の高い生物種はヒトであるから、これを対象にした基礎医学の変貌が20世紀の終わりを飾ることになった。
写真技術は、光の像が作るパターンをハロゲン化銀の光反応によって、物質の像につなぎ止める。現像室の独特の匂いを思い起こせる人は少ないのかもしれない。物質の光特性による制約が直接に反映するこの技術は、デジタルの世界でいう画像と違って、写真という言葉がふさわしい。
五感で検証できる近代科学の手触りがはっきりとある。35mmフィルムにのっている情報は、現在のデジタル技術でもかなりの量である。このたびアーカイブされる映像群は、生物学の近代革命の証人から次代への贈り物である。科学映像館の設立に期待を寄せる所以である。
2026年 06月 05日
You Tube「NPO法人科学映像館」の再生回数が8,100万回
2026年 06月 03日
5月の活動報告 No2
1. 「描く人 安彦良和」展への協力について
2. YouTube再掲載作品の配信方法について
- 冒頭に「この映像で分かること」
- 主な見どころごとの時間表示
- 関心を引くキーワード
を明示することで、視聴者の離脱を抑え、満足度を高められる可能性があると思います。
3. 日本語テロップ導入について
2026年 05月 18日




科学映像館理事長の久米さん。映像遺産を守り、生かすための日々!
