2012年 04月 20日
満5年を終えて(その25)
翌朝、宮古市広報課に連絡し、あの映画の撮影者伊藤さんから許可を得て配信。市庁舎の3階ベランダからカメラを回した、無編集26分の映像である。津波の轟音と撮影者の悲鳴・絶叫をバックにした映像は、6mの防波堤を一挙に乗り越える凄さ。その直前まで、防波堤の内側の道路を走る消防車、この映画は津波対策の貴重な教訓をも伝えている。視聴の第2波が、また押し寄せることに。後日、朝日新聞宮古支局でこの映画は紹介される。
震災後、テレビが伝える各地の被害状況、被災者の模様から、我々にも何かできるものはないかとの日々。夏を迎えるころ、仮設住宅での生活状況も、メデイアから徐々に明らかに。テレビジョンは外国の支援金で配布されているが、プレーヤーは内蔵されていないようである。地元の活動家からも同様の情報を入手。
これらの情報から、架設住宅でお住いの方に、懐かしい映像とプレーヤーをお送りできればと、WAMの助成金を申請。採択されるも、補正予算の実行が遅れ、11月にやっとDVDの作成にかかる。プレーヤーは被災地で購入し、少しでも活性化に繋がればと、釜石しの被災した電気店に手配。岩手県盛岡市の設計事務所が震災三日後に立ち上げ、支援活動を行っているSEVE IWATEに地元での配布はすべてお願いする。

年末から配布を始めて、2か月かけて宮古市、大槌町、盛岡市、釜石市、宮城県七里ヶ浜などに200セットを配布。寄せられたアンケートから、元気をもらった等の感謝の数々言葉が。この企画はまずまずの結果となる。
この経験を生かして、現在、赤い羽根共同募金の助成金をえて第2弾を準備中。今月末には、地元にお送りできる予定である。自分たちのできることを、地元の情報をえながら、押し付けることなく、こつこつと持続的に行っていくことが、本来の支援ではとも思う。