2012年 04月 22日
満5年を終えて(その29)
3年後、ヨネプロダクシオンの小林米作氏から呼び出しがかかり、銀座のフランスレストラン三笠会館でお会いする。今回、ある製薬会社の企画で骨の映画を製作したいので、是非力をかして欲しいとのこと。培養に関するある程度の知識と技術は持っていたが、骨には・・・。
しかしこれも、何らかの縁と考え、お引き受けする。小林さんは、単なる商業映画ではなく、骨の科学映画を製作したいと、大変な意気込みにお受けしたのであるが、これが大変なテーマであり、ワンカットの映像も撮影できない日々が半年続く。ところが、ある朝、いつものように培養中のチャンバーを顕微鏡でのぞくと、骨らしき構造物を発見。ガラスの中で初めて、人為的に作り出した骨である。
あとは、映像として撮影可能な培養条件の設定となり、9か月後、骨の生きた営みの映像化に成功したのでる。学会関係者からは絶賛されるも、スポンサーの評判は極めて悪く、お蔵入りに近い状態となる。
スポンサー関係者とイタリヤのミラノでなく北部のメラノで開かれた国際学会に出席後、イギリスのシェフィールドに骨代謝の第一人者ケーニス教授を訪ねる。会社が持ち込んだ話に無関心であった教授の表情が、この映画を見たとたん一変。明日から主催する学会に是非残って上映して欲しいとの要請。
しかし日本でのスケジュールもあり、映画を彼に託して帰国。後ほどこの学会に参列した著名な学者から多くの手紙が、会社と教室に舞い込む。いわばよくあった逆輸入現象が起き、第2作の製作も決まり15年間で骨の映画3部作を完成。
これらの映画は、骨に関する新しい発見と多くの情報を発信、これぞまさに科学映画である。我々の研究室のテーマはすべて骨に転換、破骨細胞の形成機序の解明、骨破壊に関っている新しい酵素の発見と骨の中に存在して神経組織の様な役割をになっている骨細胞の働き等を解明,世界に向けて配信することが出来た。多くの他大学と企業の研究者とともに、活発に楽しく過ごした20年間であった。
骨の映画は、医学・歯学教育の面でも大きな役割を果たすことなり、海外の大学からの注文も殺到。科学映画の凄さに脱帽、どうしてもこれらの映画を守り、活用したいとの思いが、科学映像館設立の原点であり、30年来の夢であった。デジタル復元とウェブ配信の環境が、この夢を現実化してくれたのである。