人気ブログランキング | 話題のタグを見る

カテプシンK物語~ひとOC-2相同遺伝子を求めて

チバガイギー社(現:ノバルティス社)との共同研究が始まり、3名の研究員が派遣されてきました。現大阪府立大学大学院生命環境科学研究科准教授である石橋先生は3人目の研究員であり、当時仕事も佳境に入ったころでしょうか。私も知らない舞台裏のエピソードもあり、当時のことが蘇りました。

では石橋先生の物語の始まりです


「私が日本チバガイギー株式会社に入社した次の年、すなわち1994年に、新規骨粗鬆症治療薬の開発をターゲットとしたプロジェクトが本格的に始動しました。その少し前に、すでに紹介されている通り、手塚氏がウサギ破骨細胞からクローニングに成功したOC-2が破骨細胞特異的な新規システインプロテアーゼをコードすることが示唆されたため、本酵素が骨吸収において重要な役割を担う可能性が高いと判断し、久米川先生との共同研究を開始しました。
 

OC-2は、ヒトやマウス等のカテプシンLやカテプシンSと中程度の相同性を有するため、新規のリソソーム局在性システインプロテアーゼ(カテプシン)であることが強く示唆されたわけですが、残念ながらウサギの遺伝子配列の情報は極めて乏しく、その時点で「新規」であることが証明されたわけではありませんでした。そこで、我々は、まずヒトにおけるOC-2相同遺伝子のクローニングを試みました。
 

幸い、スイスのチバガイギー本社の研究所が、変形性骨関節症患者から切除した病変骨端の検体を有していましたので、そのRNAを抽出し、cDNAライブラリーを作製しました。ここから、ウサギOC-2 cDNAをプローブとして相同cDNAをスクリーニングしたところ、程なく陽性クローンが得られました。


このクローンは329アミノ酸から成る蛋白質をコードしており、アミノ酸レベルでウサギOC-2の推定遺伝子産物と94%の相同性を示したことから、ヒトOC-2であると断定できました。ヒトOC-2はヒトの既知カテプシンとは20-50%の相同性を示しましたが、同一の配列を有する遺伝子はデータベースに存在しておらず、この時点で新規カテプシンをコードする遺伝子であることが確認されました。また、ノーザンブロット法により、ヒトOC-2もウサギと同様に破骨細胞に選択的に発現することが明らかになりました。

実は、ほぼ同時期に国外の研究室でもヒトOC-2のクローニングに成功したという情報が入ってきており、この成果を論文にまとめることは急務でした。そこで問題になったのが、この新規カテプシンの命名です。当初、我々は、破骨細胞(Osteoclast)に由来することから、カテプシンOと名付け原稿を作成していました。

しかし、投稿直前になって、「Human cathepsin O. Molecular cloning from a breast carcinoma, production of the active enzyme in Escherichia coli, and expression analysis in human tissues.」というタイトルの論文がJBCに掲載されたのです。このことを知り、我々は一瞬「やられた!」と思い愕然としました。

時期が時期だけに、我々がクローニングしたものと同じ遺伝子の報告であると思い込んだのです。しかし、冷静になって配列を調べてみると、それはOC-2とは全く別物であることがわかり、一安心しました。但し、もはや「カテプシンO」の名前は使えません。代わる名前としていくつかの案があがりましたが、当時当該プロジェクトのリーダーであった小久保 利雄博士(現:武田薬品工業株式会社)が提案した「Kumegawa先生のK」という案でまとまり、カテプシンKという名前でBBRCに報告しました。1995年初頭のことです。

結果的に、時をほぼ同じくして、我々以外に3つの研究グループから独立してヒトOC-2のクローニングが報告されたことが、競争の激しさを物語っています。彼らは、それぞれ独自にカテプシンO、O2、Xという命名をしましたが、最終的に我々の「カテプシンK」が正式名称として採用されたのは実に幸運なことでした。

他グループによる命名について考えてみると、Oについては先述の如く別のカテプシンと重複し、O2などといった2文字の命名は先例がなく、またXは「得体の知れないもの」というイメージから不適切と判断され、最終的にKが生き残ったと推察していますが、この点については、先に述べた小久保氏のファインプレーと言えましょう。(但し、後で思えば、Kというのは小久保氏や手塚(建一)氏のイニシャルでもあったのです。)
 

何はともあれ、以上のようにヒトにおいても破骨細胞特異的システインプロテアーゼであるカテプシンKの存在が証明され、本酵素が骨粗鬆症治療薬開発の新規ターゲットとなりうることが現実味を帯びてきました。次回は、引き続き行われたヒトカテプシンKの酵素学的性質に関する研究の展開について紹介する予定です」

補足:私たち論文が受理された11月29日、ミシガン大学のグループも同様の遺伝子も発表されました。人生で最も感動した日でした。

参考文献
Inaoka,T.,Bilbe,G.,Ishibashi,O.,Tetsuka,K.,Kumegawa,K.and Kokubo,T.:Molecular cloning of human cDNA for catepshin K:novel cystein proteinase predominatly expressed in bone.Biochem.Biophysic.Res.Commnu.,206,89-96,1955
by rijityoo | 2012-07-30 19:25 | カテプシンK物語(23) | Comments(0)