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久米さんの科学映像便り

カテプシンK物語~石橋先生の補足

石橋先生の原稿を見て、またいろいろと当時のことが浮かんできました。少し書き加えてみましょう。前に触れた様に、手塚助手はウサギの破骨細胞を使ってクローニングしました。しかしウサギの遺伝子登録はなく、このときはカテプシン様遺伝子(OC-2)としか報告できませんでした。

しかしこの結果が次の仕事への起点となり、チバガイギー社の小久保 利雄博士のグループを動かしたことは間違いありません。実は当時、以前からパートナーの関係にあった日本の製薬会社2、3社とも話し合いました。小久保先生は兵庫県の宝塚市から何度となく足を運び、誠意ある対応をしてくれました。その結果最終的に残ったのが、チバガイギー社でした。

そこでチバガイギー社はスイス本社まで社員を派遣し、ヒトの骨組織からOC-2と同じ遺伝子を同定し、カテプシンKが誕生したのでした。他のグループと同じ日に受理されたという、感動的な結果が生まれました。
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チバ・ガイギ‐のメンバーも飯能市で開いたセミナーに参加している。

当時の小久保先生を私が振り返ってみるに、リーダーにとって大切なことは、先見性、決断力、そして実行力であるということを実感しましたでしょうか。もちろんその時の会社側の事情もあったでしょうが。なお現在、小久保先生は武田薬品工業株式会社で活躍されています。

私たちは破骨細胞の収集にウサギを使用した結果、大きな回り道をしました。もし最初からヒトの巨細胞種を使っていれば、組織量も多く破骨細胞収集とクローニングも別の手法に依ったかもしれません。でもウサギを使ったことで破骨細胞収集のノウハウが生まれ、以後の研究にも活用できたのです。

誰も手を付けていないオリジナルな仕事を、たとえ泥臭くても目的に向かってコツコツとやり遂げられたことは、生命科学映画制作に取り組む小林氏と、チバガイギー社の小久保先生から学んだのかも知れません。
by rijityoo | 2012-08-01 07:46 | カテプシンK物語(23) | Comments(0)

今なぜ、科学映像館か? その舞台裏を語ります。