2012年 08月 15日
カテプシンK物語~組み換え型ヒトカテプシンK~
震災当日、研究室にはいつものようにメンバーが集まり仕事をしていました。ただし、皆、地震のことは当然気になっており、研究室の小さなテレビの前には自然と人が集まっていました。最初は情報も混乱しており、それほどまでに被害が大きいとは思いもしなかったのですが、時間が経つにつれて正確な被害状況が明らかになり、「これは大変なことだ!」という緊迫感に包まれていきました。私も、宝塚の研究所の同僚のことが心配で連絡を取ろうと何度も試みましたが、電話はまったくつながりません(ちなみに、当時は携帯電話などほとんど普及していない時代です)。
しばらく経って、ようやく上司とも連絡が取れ、研究所のメンバーは皆無事であることが確認できました。人的被害はないということでとりあえずホッとしましたが、やはり研究所内の物的被害は甚大であることを伝えられました。すぐにでも戻って復旧作業に加わりたいところでしたが、まだ交通もマヒしており、「今研究が続けられるのは君だけだからそのまましばらく残りなさい」、と言うことで、私は結局久米川先生の研究室にさらに3か月ほどお世話になることになりました。(石橋さんのアパートも大被害で、ドレッサーがベッドに倒れかかっていたそうです。埼玉にいて難を逃れたようです。)
このころでしょうか?チバガイギーの小久保氏と特許の件が話題になりました。昆虫細胞による組み換え実験系をとの考えでしたが、会社の関係もあり、残念なことに結論を得ませんでした。
その間、宝塚の方では社員の絶え間ない努力により、復旧作業が急ピッチで進み、1-2か月で研究が再開できる状況に至りました。そこで明らかになったことは、組換え型ヒトカテプシンKを大量発現させるべく作製していた昆虫細胞株やウィルスが、すべて死滅してしまったという衝撃の事実でした。実は、我々にとって昆虫細胞発現系は初めての試みであったのにもかかわらず、ほとんどトラブルもなく構築に成功していました。そこで、最初は、同じものを簡単に作製できると安易に考えていた雰囲気もありました。しかし、前回の作製時はいわゆる「ビギナーズラック」であったのでしょうか、同じように実験しても、なかなか前のようにはうまくいきません。結局、試行錯誤を繰り返し、再度昆虫細胞株を作製するのに数か月の月日を要しました。

石橋准教授らがカテプシンKの作用機序を生化学的に明らかにした結果を模式図化したもの

カテプシンKの抗体をかませると、コラーゲンは未消化であることを示す走査電子鏡写真
以上のようなメンバーの努力の結果、最終的にヒト組換え型カテプシンKの精製に成功し、本酵素に関して更に詳細な生化学的解析が行われました。その中で最も大きな発見は、カテプシンKが、未変性、すなわち3重らせん構造を保持した状態のⅠ型コラーゲンに対する分解活性を有するということでした。一般的に、コラーゲンの3重らせん構造はプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)による分解に対して耐性であり、実際に類似カテプシンであるカテプシンBやカテプシンLは、そのような活性を示しませんでした。骨の有機成分の大部分はⅠ型コラーゲンであり、これは鉄筋コンクリート建築物の鉄筋に相当し、骨の強度の維持に重要な役割を果たしています。骨の新陳代謝の際には古くなったⅠ型コラーゲン分子は壊され、新しい分子に置き換わりますが、カテプシンKは、その点で、骨代謝において重要な役割を担う酵素であることが強く示唆されました。
チバガイギーの研究所は宝塚にあり、大被害を受けたようでようです。一度お邪魔しましたが、スイスの建築基準の建物で大変頑丈な感じでした。しかし、これが返って地震では被害をこうむった様です。
Inui,T.,Ishibashi,O.,Inaoka,T.,Origane,Y.,Kumegawa,K.,Kokubo,T. and Yamamura,T.Cthepshin K oligodeoxynucleotide inhibits osteoclastic bone resorption.J.Biol.Chem.,2721,8109-8112,1997