2012年 08月 28日
カテプシンk物語り~アンテイセンスの結果~
震災直後の混乱も一段落しつつあった1995年4月、私は宝塚の研究所に戻りました。これまでの分子生物学・生化学的研究から、ヒトカテプシンKが骨代謝において重要なプロテアーゼであることが強く示唆されたため、プロジェクトも様々なバックグラウンドを持つ新たなメンバーを加え、次第に拡大していきました。
まず、ヒトカテプシンKの阻害剤を開発するにあたり、候補化合物を正しくスクリーニングするための評価系を確立することが重要です。幸い、当時優れたin vitro骨吸収評価系として、久米川先生が象牙を用いたピットアッセイを確立されていましたので、我々はこの系に多少の改変を加えて導入することにしました。具体的には、高性能共焦点レーザー顕微鏡を導入し、ピットの深さや体積も定量的に測定する系を確立しました。そして、この「改良版ピットアッセイ」の確立において中心的役割を果たしたのが、現在私と同じグループで研究を行っている、乾 隆・大阪府立大学教授です。(乾先生と私は、カテプシンKを通じて意気投合し、その後アカデミアで互いに独自の研究を展開していきましたが、本年4月より再び一緒に研究ができることになりました。)
こうして骨吸収評価系はほぼ確立しましたが、まずは、プロジェクトを進行する上での大前提である「カテプシンK活性を阻害することにより骨吸収が抑制される」という仮説をきちんと証明する必要がありました。当時はまだsiRNAなど存在せず、アンチセンスオリゴDNA(AS-ODN)を用いたカテプシンK翻訳抑制の影響を検討しました。その結果、カテプシンKに対するAS-ODNは濃度依存的にピット形成を抑制すること、そしてその抑制効果は、他のカテプシンも同様に阻害するE-64(システインプロテアーゼ全般に対する阻害剤)のそれとほぼ同等であることが示されました。

実は、それ以前から、カテプシンBやLなどに対する選択的阻害剤を用いた研究は行われており、当時はその結果に基づき、主にカテプシンLが破骨細胞による骨基質分解を担うと考えられていました。しかし、我々の結果は、実際はカテプシンKこそが骨吸収の中心的な担い手であり、他のカテプシンの寄与は極めて小さいことを明らかにしたことになります。このことは、私が行った各カテプシンmRNAの絶対定量解析の結果、すなわち、ヒト破骨細胞においてカテプシンKは他のカテプシンに比して圧倒的に優位に発現する、という結果からも裏付けられました。それまでの「カテプシンL説」は、用いた阻害剤が構造的に類似しているカテプシンKの活性を阻害したために誤って導き出された結果であったと推察され、実際に我々はそのことを酵素アッセイにより明らかにしました。
ピットの体積を計れることにより、ピットアッセイ方法は破骨細胞の骨吸収作用を詳細に評価できる素晴らしい評価系となりました。
走査型電子顕微鏡では、コラーゲン線維が不消化でピットの中に残存していました。今回の結果から、カテプシンKの骨破壊作用を一段と明らかになりました。
参考文献
1.Ishibashi, O., Inui, T., Mori, Y., Kurokawa, T., Kokubo, T., Kumegawa, M.: Quantification of the expression levels of lysosomal cysteine proteinases in purified human osteoclastic cells by competitive RT-PCR. Calcified Tissue International, 68; 109-116, 2001.
2.Inui, T., Ishibashi, O., Inaoka, T., Origane, Y., Kumegawa, M., Kokubo, T., Yamamura, T.: Cathepsin K antisense oligodeoxynucleotide inhibits osteoclastic bone resorption. Journal of Biological Chemistry, 272, 8109-8112, 1997.