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久米さんの科学映像便り

科学映像館物語 7~思わぬ反響と新たな出会い~

科学映像館、第7回は映像を配信してからの反響や、またウェブサイトでの配信と並行して行われた上映会の取り組みなどについてお話しいただきます。先生、どうぞ宜しくお願いします

科学映像館を4月1日に立ち上げ、ウェブサイトでの映像配信がスタートしたのは5月1日でした。無事に船出して一息ついていましたが、その後にウェブサイト配信と並行して、「科学映画の上映会~甦った50年~」と題してHD化した科学映画を上映会形式で伝えていこうという取り組みも始めました。

ところがこれは必ずしも期待どおりにはなりませんでした。まずHD化した映像を上映できる場所が限られていた。その頃対応している施設は関東では、川崎市と埼玉県川口市にある「SKIPシティ 彩の国Visual Plaza」だけでした。どうにか場所は見つかったので、上映会の開催を行う旨を朝日新聞埼玉版や読売新聞の情報欄に載せてもらったり、知り合いに電話で知らせたりして、2007年6月7日に第一回目の上映会を開催しました。この上映会は埼玉県と川口市教育委員会が後援してくれました。

少なくとも100名くらいは来てくれるだろうと期待していました。しかし実際にフタを開けてみると来場者数は30名ほど。しかもほとんどが関係者です。期待どおりとならなかったのは残念でしたが、館内を暗くして、大きなスクリーンで上映したHD映像の迫力はやはり圧巻でした。その際上映した作品は「生命誕生」とThe Bone IIです。その後立食パーティを行い、来場者が交流できる場を設けました。

この上映会は都内でも開催しました。2008年1月31日、今度は新橋にある学校を会場にして「第2回科学映画の上映会~甦った50年~」を開催しましたが、こちらも来場者は30名程度。やはり期待した来場者数にはなりませんでしたが、大きなスクリーンを通じて鮮明な映像を観る感動を全員で共有できることや、来場者が直接対話したり、交流できることには大きな意義があります。この上映会は準備や費用などの制約から現在は休止していますが、ウェブサイトでの配信とは違った収穫が得られるため、いずれ再開できればと思っています。

5月1日にウェブサイトでの映像配信をスタートしましたが、その後の再生回数などの推移や反響はどのようなものでしたか

前回お話ししたとおり、最初の配信作品は「生命誕生」でした。その後配信映像を徐々に増やしていきましたが、期待に反して月の再生回数も当初は300~600回ほどで、10月でやっと900回程度といったものでした。

この再生回数ですが、11月頃に突然これまでの10倍ほどに激増しました。「68の車輪」です。これは11月2日の金曜日に配信を開始したのですが、初日にものすごい再生回数になり、週明けまでには5,000回を超える勢いとなったのを覚えています。あまりにも突然なので、最初はログ解析の異常ではないかと思い、サーバーをお任せしていたみの電子産業株式会社に調査を依頼しました。その結果意外な事実が明らかとなりました。インターネット掲示板「2ちゃんねる」で紹介された効果だったのです。
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この作品には68輪シュナーベル式トレーラーやボンネットトラック、蒸気機関車も登場しているのですが、それが一部のマニアの目を引いたのでしょうね。この作品が「2ちゃんねる」でマニア同士の情報交換のなかで紹介されたようです。その反響はすごいもので「5回連続でみますた」とか「この貴重な映像を観て僕の心臓も破裂しそうです」といったような、「2ちゃんねる」らしい称賛の書き込みが飛び交ったとのことです。

またこの作品には東京オリンピック後の元気一杯だった東京近郊の風景も映されています。この作品を観た千葉県野田市の女性からも「このシーンで映っているセーラー服の女の子は私の母かも」といった感想も寄せられました。意外な作品がもたらした実に意外な反響だったのですが、これをきっかけに再生回数は1万回を超えるほどに激増しました。

この「68の車輪」については幾つかエピソードがあります。この作品はハプニング続きのなかで誕生したものです。まず撮影初日に地震が発生しました。このほかやはり初日にカメラマンが不運にも事故に見舞われ、急遽サブのカメラマンの春日友喜氏が撮影を行いました。これ以外にも作品中で描かれていますが、ひとつは柏の踏切を夜中に渡るシーン。僅かな時間で渡り切る必要があり、本当に大変だったようです。撮影の舞台裏

またこれは本当に裏話なのですが、映画の主役である68輪シュナーベル式トレーラーを運転する現場の方とカメラマンとの間には非常にピリピリした雰囲気があったようです。現場の運転手は一大プロジェクトを絶対無事にやり遂げる必要がある。たいへんなプレッシャーで緊張しているところへカメラマンが撮影のカメラやライトを向けるものだからたまらない。一時は一触即発の雰囲気になったとのことです。しかしそこはお互い自分の仕事に誇りを持つプロ同士。最後はお互いの労をねぎらって握手、ノーサイドとなりました。

このように再生回数が増えた頃、配信映像を持ち寄っていただくようにもなりました。最初は東北文化財映像研究所の阿部武司氏からのメールでした。科学映像館の映像をいつも観て下さっているとのことで、折角の貴重な映像を公開する場所がないということを訴えておられました。当時はYou Tubeなども余り有名ではありませんでした。その後一カ月ほどして、阿部氏が保管されている映画が送られてきました。9.5mmフィルムの作品昭和初期 9.5mm映画ほか一作品です。こちらも期待以上の再生回数となり驚いています。

また前述の「68の車輪」のカメラマンである春日友喜氏の紹介で、大竹しのぶデビュー作となった「あゝ野麦峠」を手掛けた山岸豊吉氏の君のふるさとに太陽がのぼったを提供してもらいました。山岸氏はこれ以外にも3作品ほど提供されています。春日友喜氏には川本康博氏(日本ビジュアルコミュニケーションセンター代表)による野尻湖発掘の記録など7作品、ほか世界の熱帯(海洋博覧会記念公園事務所)など48作品も紹介してもらいました。

科学映画の配信には難しい問題もあります。「映画は大きなスクリーンで見るもの。ウェブサイトの小さい画面で観るなんて」という声も根強いです。配信許可を得るにも種々苦労することがあり、いい返事が貰えないことも一度や二度ではありません。しかし「68の車輪」も配信の結果、脚光をあびたものであり、ことによると誰にも知られず埋もれたままであったかも知れません。貴重な価値を持つにも関わらず日の目を見ていない作品が、まだまだ沢山あるかも知れませんね。

意外な発見がもたらす面白さもあります。ウェブサイトで配信するとどの作品にどれくらいのアクセスがあったか大体分かります。この数字も実に意外な結果となることに驚かされます。こちらが期待する作品は思ったほどの再生回数に届かなかったりする。逆にあまり過度の期待を持たずに力を抜いて配信したものが大きな反響を呼ぶことがあります。こういった発見もこの仕事で得られる面白さのひとつです。再生回数が多いことだけが物差しではないでしょうが、映画の価値はそれを観る人が決める。やはりひとつの目安になります。

志を同じくする多くの人たちとの出会いが科学映像館の世界を広げる。そして配信された科学映画が意外な反響や、さらに新しい出会いをもたらす、ということかも知れませんね。先生、今回も貴重なお話を聞かせていただき有難うございました
by rijityoo | 2012-10-08 20:38 | 科学映像館物語(18) | Comments(0)

今なぜ、科学映像館か? その舞台裏を語ります。