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2013年第2回三水会「日本経済を取り巻く中長期的な課題と展望」

2013年2月20日 学士会館306号室

        講師 鈴木恒男氏  世話人 伊藤公博氏
                 講師プロフィール
                1942年宮城県生まれ 65年東北大学経済学部卒業
                日本長期信用銀行頭取の要職を始め、多くの企業経営に携わる
                著書に巨大銀行の消滅 長銀最後の頭取10年目の証言
                (東洋経済新報社2009年1月29日発行)
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日本経済を取り巻く中長期的な課題と展望 ―「先進国」としての持続可能性は?                         

Ⅰ 世界経済の今後の主要な課題

1 50年後の世界経済のイメージ
 OECDは昨年秋、世界経済の長期展望を発表した。2030年には中国・インドなどの現時点での「発展途上国」の世界のGDPにおけるシェアが半分を超え、2060年には中印だけで46%を占める。日本の成長率は最も低いグループに属する。また、米国の投資銀行ゴールドマンサックスは、2012年7月、「世界経済は『黄金の10年』へ」と題する見通しを発表した。BRICsにメキシコ、インドネシア、韓国、トルコを加えた8か国が世界全体の経済成長に大きく寄与するとしている。
これらの見通しには論議の余地があるが、将来、「先進国」の概念が変わることをも示唆する。その視点から、日本経済の抱える長期的な課題を点検する。

2 米欧経済の失速と長期低迷(「日本化」)の恐れ
①バランスシート調整が続く欧米
・米国経済は、シェールガス/オイルの商業生産本格化、住宅価格の下げ止まりの気配などを材料に、先進国として唯一、復調傾向とされるが、長期的にはいわゆる「財政の崖」に象徴される政府債務削減問題、「バランスシート調整」が重い課題。
・EUは新たな国債購入プログラム(OMT)で小康を得ているが、金融・経済危機のリスクはなお残り、2017年を目標とする財政統合なども予断を許さない不安定な状況。
・バランスシート調整には、通貨問題が強く関係する。 プラザ合意(85年)に基づく円・マルク高(事実上のドル切り下げ)は、米国への直接的な支援。逆に、2000年代に入ってからの日本の債務調整(損失処理)は、米国の住宅バブル、欧州のユーロ(通貨)バブルを背景とした円安に助けられた面も大きかった。リーマンショック後は逆に円高で欧米を支援。目下、再々逆転を指向中。

・また、バランスシート調整の過程で、企業の信用不安問題(減価処理=損失によって自己資本が毀損され、信用不安から資金繰り悪化)、住宅ローンなどのデフォルトの増大→金融機関経営危機(不良債権処理、貸し倒れ償却、自己資本の毀損、信用不安)→政府債務問題へと拡大・連鎖することが多い(金融機関への公的資金の供与に伴う政府債務の増大に加え、社会保障費の増加、景気対策としての公共事業支出などによる)。
 リーマンショックに際して、米欧は債務肩代わりをいち早く実行したが、政府が抱える買取資産の処理、家計の再建、政府債務問題はなお途上。

・総じて、1960年代以降の米国の貿易収支の赤字、その他の国の貿易黒字→黒字国の米国債投資(資金還流)→米国の金利上昇抑制、経常赤字・財政赤字継続の長期化を許容→日本が大きな経常収支の黒字を維持しえた最大の要因。
それをもたらした過剰消費が現在、是正されつつある。また、国内の格差問題、税負担問題などを巡って、国内的にも対立が深まっており、米国は長期的に、「グローバル経済の創業者利潤」の時代から「内向き・足元の基盤再構築」の時代へ。
・始まりつつある米欧の「日本化」に加え、今後数年内には新興国の経済成長も減速し、世界経済全体の成長スピードは中期的に従来よりも減速する可能性が高い。

②激しさを増す「為替戦争」
・リーマンショック後は、各国とも経常収支の改善に注力したため、経常収支は全体として均衡化が進んでいる。長期的に見れば、市場メカニズムが機能したといえる。

・リーマンショック後、米欧に対して円高で貢献した日本も、米国の貿易収支の赤字圧縮、原発→エネルギーコスト問題などに伴って経常収支の圧迫は不可避の情勢(貿易収支は2年連続赤字、昨年の赤字幅は7兆円弱と最大、今後も赤字基調→円安要因)。
・安倍内閣の円安政策は経常収支の悪化を踏まえた対応。従来、円ドル相場は事実上、米国がヘッジファンドなどを巻き込んで決定してきた。しかし、G20などの声を無視できない状況になり、また世界経済の長期的な成長鈍化に伴って、通貨安競争が長期的にその厳しさを増す可能性。少なくとも先進国の談合では決められないステージへ。
すなわち通貨安競争は金融政策の次元の問題ではなく、「富の争奪」のための「政治・外交を含めた国力のぶつかり合い」。→安易に通貨安に頼らない地道な取り組みが必要
なお、当面の円ドル相場については、購買力平価で見ると、日米の企業物価ベースでみると1ドル90円強が実力。ただし、エネルギー輸入コストがGDPの5%を超えると、個人消費が落ち込む(2013年は5%を超える見込み)。

つまり、「即効薬」としての通貨安・財政出動に多くを期待できない日米欧にとって、今後の10年は「黄金の10年」ではなく、「苦悩と模索の10年」になる可能性が高い。

2 依然として不確実なマネー主導の経済
①金融・情報グローバル化の功罪
→貿易不均衡とシャドーバンキングが加速した世界的な「資金余剰経済」
・実物経済と金融資産の規模
1980年ごろ ほぼ1:1→2007年 1:3.7
・膨大な投資マネーが、世界中のあらゆる経済的な矛盾や価格差を材料にして、資産価格を乱高下させ、金融機関や企業の経済活動、ひいては国家そのものを危機に陥れる潜在的な脅威となった。中央銀行の金融政策が及びにくく、マネーの暴走の恐れは今後もある。
・現在、世界銀行による金融機関の自己資本規制(バーゼルⅢ)、G20での論議に加え、米、EUは独自の規制で歯止めをかけようとしている。
・日米欧に共通する財政状況から、経済・金融危機への政府の対応に制約が生じるため、危機の原因になるグローバルマネーの監視、資産インフレ防止などが一層重要になる。

②膨張の後の収縮(デレバレッジ)が成長を長期に阻害する懸念も
・他方、上記の金融制度改革・規制はもろ刃の剣であり、規制が短期間に実効を上げ、デレバレッジが実現するとすれば、バブル崩壊後の日本と酷似した状態に陥る恐れ。
・米国経済の低迷、政治的なアクシデント→米国国債のさらなる格下げの場合は、黒字国から米国へのマネーの還流の減少→米国経済の縮小均衡の悪循環(→世界的なマネーフローの混乱も)。なお、短期・中期ではドル信任問題が発生する懸念は少ない。
・通貨危機や国債のデフォルトを契機とする流動性の世界規模での縮小は、新興国の成長資金ファイナンスにも連鎖的ダメージ。(かつてのアジア・南米の通貨・金融危機)
すでに、G20の課題は、今後の経済成長の阻害要因となりうる投機資金を制約して流動性危機を回避し、さらに万一の危機にも対応できる国際金融体制を作ることを目指して動き出しており、先進国の支援を受けつつ、先進国の監視役になる可能性も。

3 「アジア」などグロース・マーケッツの抱える課題
 先進国へのキャッチアップがインセンティブとなって、アジアの発展途上国を中心に、中長期に相対的に高い成長が見込まれるが、他方で、先行していたBRICs諸国の成長に翳が差しつつあり、世界の経済成長の速度とけん引役の顔ぶれは流動的になるだろう。

①中国経済を待ち受ける難題
・巨大な貿易黒字と相手国の不均衡の摩擦拡大、人民元の段階的な相場切り上げ?
・高齢化の進行、2012年から始まった労働力人口(15~59歳)の減少
・国内の政治的な不安の増大、格差問題(ジニ係数0.47)
・輸出産業の高賃金化→生産性の低い内需部門の賃金上昇に波及→インフレ懸念
②資源や環境問題による成長の制約
③世界経済の重心の移動のタイミングで生じやすい政治的・軍事的摩擦

 新たな秩序(New Balance of Power)が成立するまでの間、政治的・軍事的な摩擦が経済の波乱要因になることが懸念される。

Ⅱ 日本経済の将来展望(試論)
1 いま「曲がり角」にあるという明確な認識を
① 主要国の成長戦略と日本のポジショニング
・上記Ⅰのような新たな枠組みを前提に、米国、EU,中国などで新成長パターンの模索が始まっている。特に先進国にとっては、「産業の復権」、「生活のレベル・質の持続可能性」を軸に、長期的な将来展望を構想すべき重要な局面。特に米国の産業再生が注目される。
「先進国」の要件として「人間開発指数・HDI」などいくつかの指標があるが、このHDIでは一人当たりGDPが最大の指標。

② 急がれるデフレ脱却と財政再建問題への本格的なロードマップ
・海外の日本に対する懸念の根底にあるのは、中期的な財政健全化のプロセスが見えないこと。現在の円安は通貨の短期的な価格変動の一つであり、今後2、3年内に、より構造的な対策を示せない場合は、海外における日本(国債)の「ソブリンリスク」(国債格付けの引き下げ)が生ずる懸念。
・諸課題の中でも、まず、デフレから脱却し、財政の破たんを回避(→経済の持続性を確保)するには、経常収支赤字の歯止め(←円安だけに頼らない総合的施策)と国債消化の安定(市場の脅威回避)がとくに重要。インフレ政策による解決には要警戒。

2 中長期で見た日本経済のイメージ、方向性は?
 中長期を展望する際に重視すべき指標は、
国民一人当たりGDP
・財政破たん回避、経済成長の両面から、前掲の通り経常収支。具体的には、エネルギー問題と自由貿易促進(TPP、EPA、FTA)への対応、所得収支でのパフォーマンス引上げ。
・人口減少は動かし難い前提だが、経済規模の縮小を緩やかにすることができれば、雇用機会の拡大+一人当たり付加価値の増大→消費(内需)の落ち込み抑制も。そのためには「人材の質」が最も重要に。
・なお、いまや、「ポスト工業化」経済ではなく、「進化した工業化」経済が課題。

上記を念頭に、試論として2、3の中長期の方向性を掲げてみる。
A1 自由貿易・経常収支・工業の国際競争力がリードする経済
・高付加価値型製造業を中心とする輸出依存、外貨獲得力のある戦略的産業の国家ぐるみの育成、TPP/FTAを含む自由貿易志向、とくにアジアにおける広域的なEPA/FTAの締結→エネルギーコストの重要性からもある程度の原発の稼働へ
・デフレ脱却、そのための金融緩和・円安の中期的な維持を企図
・他方、一定の金利負担増や資産価格の部分的高騰による混乱もありうる。
・雇用問題・格差問題は重い課題として残るが、社会保障財源となる経常収支の黒字+消費税のさらなる増税の範囲内で、再配分政策として検討。

A2 工業の「母国」+国家(ぐるみ)投資ファンド化
・国内には本社機能、商品企画、技術開発機能などメーカーとしての中核的な機能を残し、生産プロセス自体はコストの低い国に移転(直接投資→所得収支増)。
・直接投資の拡大に全力(対日投資にかかる直接・間接の障壁の撤廃、対外投資の政策的な後押しとそれに伴うある程度の雇用機会の確保)。
・貿易収支の悪化を所得収支でカバーするため、国と総合商社・金融機関・投資運用・投資顧問会社などが一体となってリターンの絶対額増大を推進。

B 内外需のバランスと雇用を重視する経済
・「工業の母国」はAとほぼ同じ。ただし、自由貿易促進は品目別の交渉余地の見込めるFTA/EPAを選択的に進め、内需型産業の競争力引き上げに要する猶予時間を優先、TPPに乗り遅れることを辞さない(安全保障問題とは切り離しが可能との前提)。製造業のすそ野(中小企業)での雇用にも注力。

・「内需型産業の生産性・付加価値の引き上げ→国産品の国内市場の確保・防衛に加え、海外進出などによる市場拡大」を重視。人材育成や中小企業のIT活用などを財政的にも支援。商品・サービスの自由化に一定の歯止めを設け、一段の対外開放への備え(そのためノウハウ取得やルートづくり)に費やす時間を確保。
分野別では、医療・福祉を含むサービス業・文化産業・卸小売業、いわゆる「第6次産業」など生活関連産業の生産性上昇・イノベーションのサポートが重要。(「新ターゲティングポリシー」では、健康、エネルギー、次世代インフラ、農業・水産業)

 今後10年を展望すれば、日本を含む先進国は、過去20年と同じようにグロース・マーケットにけん引される形でわずかな成長を図ることも可能だろう。しかし、さらにその先の経済を展望した場合、現行モデルの延長は機能せず、雇用の減少・マイナス成長・一人当たりの国民所得の減少などを招くことは必至。
したがって、この10年の間に、「国民一人当たりの付加価値の高さ」を眼目とする次世代経済モデルに向けた「新たな人材立国」を構想し、グローバルで長期的視点に立った教育システムの構築を急ぐ必要。そのうえで、エネルギー問題・環境問題・社会保障問題などの難題をビジネスチャンスに転ずるべく、医療や農業分野も含め、規制改革(規制のスクラップ&ビルド)や科学技術分野における先端的取組を急ぐことが肝要だろう。逆に、そうした取り組みがなされないときには、先進国としての持続可能性は見通し難いと思われる。
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by rijityoo | 2013-02-26 22:59 |  三水会 便り(5) | Comments(0)