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2013年第3回三水会 「カール・ポラニーの思想と現代」(2)

4.ポラニーの死後50年-深まる危機
(1)20世紀から21世紀初頭の出来事
ポラニーが亡くなってから半世紀を経ようとしている。戦後の世界経済は危機を繰り返している。その上年を追う毎に頻度と振幅が大きくなっている。1968年のニクソン声明によるドルショックでドルと金の兌換が停止され、為替の大幅な組み替えが行われた後、僅か2年で変動相場制へ切り替えられた。以後国際経済と金融の種々の変動を経て、1990年にはポンド危機が発生した。英国病に苦しむイギリスでポンドが高止まりしているのをみて、ジョージ・ソロスが信用取引で安値で買って高くなったら売るということを繰り返して暴落させた。支え切れなくなったイギリス政府はECのEMS(欧州通貨制度)から離脱し、ポンドは変動相場制へ移行した。イギリスがEMS制度への参加を断念しユーロ導入をしなかったのは、金融不安がECへ波及するのを怖れたドイツの反対によるものと云われている。

1991年にソヴエト連邦が崩壊した。傘下の国々は「独立国家共同体」(CIS)という緩やかな国家連合を(加盟国9)組織したが、EUのような活発な活動はみられない。ソヴエト連邦崩壊前にあった16の社会主義国は現在は中国、北朝鮮、ヴェトナム、ラオス、キューバの5カ国だけである。東欧や中欧にあった8つの社会主義国は社会主義を放棄した。中国は「市場経済」を通じて社会主義を実現するとしており、ヴエトナムの「ドイモイ」も同様の考え方である。北朝鮮は「市場経済」以前の専制的な封建国家である。5カ国の内で純粋に社会主義国といえるのはキューバだけである。

90年代は国家体制を越えた危機の時代であった。この後金融危機の場は東南アジアへ移り、1997年タイでヘッジファンドによる通貨の空売りでバーツが暴落した後、インドネシア、マレーシアに伝播し、韓国を襲った。IMFの融資と指導介入、国際的金融支援などによって再建の道を辿り始めた。翌1998年にはロシアはレフオルトを行ってルーブルが大幅下落を招き、世界恐慌への懸念が表面化した。急激なインフレに陥ったロシア政府は賃金や年金が払えず、現物支給に切り替えた。幸いにも翌1999年から2000年にかけて石油の国際取引価格が上がったことが、ロシア経済の崩壊を水際で支えた。この時ルーブルの大幅引き下げを実行したので輸入価格が上昇し、農業や食品産業の立ち直りを支えるといった思わぬ効果も生んで、ロシア経済は奇跡的に立ち直った。しかし欧米や日本にも直接、間接に影響を及ぼし、日本ではこの時期多くの金融機関が倒産した。2000年代になってからのリーマンショックとその影響を受けのEU圏内の金融不安は説明する必要がないであろう。

(2)想定されるグローバルな危機
現在の世界は多くの危機を抱えている。そして今後発生するであろう危機は更に大きく、深刻である。危機は経済問題以外に、・平和問題・南北問題・環境問題・テロ問題・食料問題など人間生活のあらゆる分野に横たわっている。それらの根源を辿っていくと、ポラニーが指摘したように全て経済問題に行き着く。「市場経済」が「経済社会」に転化し、人間生活のあらゆる面を支配する存在として「市場」と「経済」が定着した。この2つは時代と共に「金融」を中心に腐朽の度を強め、人間生活を不安なものにしている。これらをどう考え、どう対処して人間の将来を切り開いていけばいいのか、現在に生きるわれわれの責任は大きい。この内差し迫っている経済問題を挙げてみる。

①国際的な経済危機の問題
・EU諸国の金融危機
ギリシャの問題が解決しない内に、スペイン、イタリアとより大きな国の金融不安が 懸念されている。そうした最中新たにキプロスで金融危機が発生した。人口100万の小 国にロシアを中心とするGDPの7倍もの預金が集中し、不正な資金のマネーロンダリ ングが囁かれているが、EUは果たしてこれらの国全てに対応できるか。
・アメリカの予算削減問題
財政の崖の1つである強制的予算削減は議会との協議が不調に終わり、このままで行 くと総額1兆2千億ドル、その内850億ドルを8月までに削減しなければならない。
・政治リスクが重なる中国
停滞が続く先進国に代わって成長が期待されている中国は、沿岸部と内陸部、都市と 農村の経済格差に加えて、人権問題、環境問題といった重い課題が横たわっている。イ ンドも同様の問題を抱えている。

②日本のデフレ脱却と財政再建 
物価上昇率2%を基礎にしたインフレ脱却は可能だろうか。成長戦略は機能するだろ うか、増え続ける国債残高を減らすことが出来るだろうか、2012年末の個人資産残高 (総資産 残高から負債を引いた額)は983兆円で、1,000兆円を越えると危険水域に入 る。そうなると日本国際の格付けが下がり、金利が上昇し価格の低下が起きる。その時 を待ってヘッジファンドが空売りと買い戻しを仕掛けて暴落を誘う畏れがある。ポンド 危機、アジア金融危機を教訓にしなければならない。ポンド危機を誘ったジョージ・ソ ロスは経済学者としても一家言もっていて、世界経済の現況について次のように云って いる。
「世界市場の崩壊は、想像もできない帰結を伴う衝撃に満ちた出来事だろう。しかし、 私には今のシステムが続くと想像することはもっと難しい。」
(ジョージ・ソロス著『ジョ-ジ・ソロス』日興證券訳 七賢出版 1996年刊)

ジョージ・ソロスは「金融市場」の隙を突いて巨額の利益を上げながら一方で、資本主義と市場経済の現状に不信感を抱いている。それが上記の指摘に表れている。一昨年のダボス会議でヘッジファンドの一線から引退することを表明したが、日本には昨年末から今年初頭にかけて巨額の為替売買を仕掛け、10億㌦(930億円)の利益を挙げたと伝えられている。3月25日の朝日新聞の社説は財務省の試算として、安倍政権の思惑通り物価が2%上昇し、同じ幅だけ長期金利が上がると3年目に国債の元利払い費は8兆2千億円になり、消費税3%の増税分を上回ってしまうと警告している。こうした事態になると日本国債の格付けが低下することが想定される。そうなった時にソロスを始め主要なヘッジファンドが売り浴びせを仕掛けると、国債の大幅な金利上昇と価格の下落が起きる。1990年のポンド危機の生々しい経験がある。それを想定して十全な対策を講じなければならない。

4.今後に希望をもてるだろうか?
これについての結論は「希望をつくり出さなければならない」ということである。高齢期に入ったわれわれはさておいて、後の世代には希望をつないでやらなければならない。次の時代は新しい世代が創っていくのだが、前の世代の責任として過大な負の遺産を継承させるわけにはいかない。間もなくGDPの2倍になる公的債務残高に歯止めをかけ、計画的に減らしていく責任がある。円安を進める一方で成長戦略が軌道に乗らず、野放図に緩和した資金がだぶついて土地を始めとする不動産の投資に廻ると、デフレから悪性インフレに転化する危険性がある。目下これが最大の問題である。政府、日銀は細心の注意を払って財政・金融運営を行わなければならない。国民は景気刺激策に溺れることなく、堅実な生活を続けるべきであろう。

デフレ脱却に不可欠な消費の拡大は賃上げ等の所得増強で進めるべきである。少しづつではあるが、賃上げを進める企業が出てきたことは前進である。こういう時こそ所得配分の見直しを進めるべきである。次の世代を元気にするためには雇用の確保と就業条件の改善が重要であり、何をおいても実行に移すことである。そしてポラニーが指摘した「経済社会」の欠陥を「大転換」させなければならない。そうした動きは国境を越えてじょじょに始まっているように思われる。

リーマンショック後に中谷巌氏が『資本主義はなぜ自壊したのか』-「日本」再生への提言 を発表し、「構造改革」の急先鋒であった自分の転向の書であるとした。ここでは“「悪魔のひ碾きうす臼」としての市場社会 ”という章を設けてポラニーの警告に耳を傾けようと云っている。そして最終章で“今こそ「モンスター」に鎖をとして、グローバル経済というモンスターが人類にもたらした「3つの傷」を封じ込めることを訴えている。

第1の傷「世界経済の不安定化」、第2の傷「所得格差の拡大」、第3の傷「地球環境破壊」となっている。主張のようにグロ-バル経済という怪物は鎖を掛けて閉じ込めてしまわなければならない。

ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・E・スティグリッツ教授は富裕層がアメリカのシステムを歪めているとして、彼らへの増税を主張している。また最低賃金の引き上げと労働環境の改善、福利向上を求める書簡を議会に送っている。大富豪でヘッジファンドを率いるウオーレン・バフエットはこれを支持して、富裕層の税金を重くして中間層の税金を低くする「バフエット税制」を提案している。

コミュニタリアニズム(共同体主義)の主張者であるマイケル・サンデルハーバード大学教授は、「熱烈討論」と呼ばれる授業で、社会をよくしていくための“共通善”を強調している。この授業は既に14,000人が受講したといわれているが、現実のテーマで討論を進め、社会をよくするために“正義”とは何かを明らかにする。“JUSTICE(正義)”という授業で、サンデル教授は市場主義がもたらす罪悪を指摘している。一方的に聴かせる授業ではなく、教授が提起する具体的な問題を賛否両方の立場から学生が意見を述べ、真実に近づいていく方式である。サンデル教授は日本でも何度か実演している。取り上げられるのはアメリカ社会で実際に行われている事例である。
・刑務所の独房の格上げ 1晩82㌦
・主治医の携帯電話の番号を教えて予約をし易くさせる。 年150㌦から
・特別にお金を払って子供を名門大学へ入学させる。 金額?
・インドの代理母による妊婦代行サービス 6,250㌦
・アメリカ合衆国へ移住する権利 50万㌦
・製薬会社の安全性臨床試験のテストになる。7,500㌦
・病人や高齢者の生命保険を買い、死んだら保険金を受け取る。金額は保険内容による。
・民間軍事会社の兵隊としてアフリカの内戦国で戦う。能力、経験に応じて報酬は異なる。

これらは「市場主義」がもたらしたものであり、サンデル教授は学生たちがそれに気付くように根気よく討論を進めている。
「私たちは、あらゆるものがカネで取引される時代に生きている。市場の論理に照らせ ば、こうした取引に何ら問題はない。だが、やはり何かがおかしい。あるものが「商品」 に変わるとき、何か大事なものが失われることがある。これまで論議されてこなかった、 その「何か」こそ、実は私たちがより良い社会を築くうえで欠かせないものなのでは-?
私たちの生活と密接にかかわる、「市場主義」をめぐる問題だ。」
(『それをお金で買いますか』市場主義の限界 マイケル・サンダル 鬼澤忍 訳 早川書房)

道は遠いように思われるが、アメリカでも日本でも「市場主義」の行きすぎを正そうという動きが出ている。昨年のダボス会議で期せずしてポラニーが話題になったことは、世界の指導的立場の人びとの間にも「市場社会」の行きすぎをこのままにしておいていいのかという疑問が出ているからではないだろうか?EUは銀行員のボーナスに上限を設け、年間給与と同額以上のボーナスを支払ってはならないとする規制を欧州議会に提案し、2014年1月から実施するとのことである。これまでは年間給与の10倍もボーナスを支払う例があり、これが投機的な取引を生んで金融危機につながったことの反省である。ダボス会議でポラニーが話題になったことの成果が出てきたともいえる。

“自己調節的市場”が支配する「経済社会」の在り方を変えるために政治の果たす役割は大きい。先進国の国会議員の有志が仮に「経済正常化のための国際議員連盟」のような組織を作って、国際世論を喚起し、相携えて行動していくならば大きな前進が期待できよう。
現状は決して甘くないが、「悲観からは何も生まれない」という立場に立って、前途に希望を見出すよう力を合わせて行きたいものである。

        
              <参 考 文 献>
[カールポラニー自身の著作]
『大転換』-市場社会の形成と崩壊(吉成英成・野口健彦・長尾史郎・杉村芳美訳 東洋                 経済新報社 1975年刊)
『新訳・大転換』-市場社会の形成と崩壊(野口健彦・栖原 学訳 東洋経済新報社2009年                  刊)
『経済の文明史』(玉野井芳郎・平野健一郎編訳 ちくま学芸文庫 2003年刊)
『経済と文明』(栗本慎一郎・端 信行訳 ちくま学芸文庫 2004年刊)
『人間の経済』Ⅰ市場社会の虚構性(玉野井芳郎・栗本慎一郎訳 岩波書店 2005年刊)
[カール・ポラニーに関する評論]
『K・ポラニー』-市場自由主義の根源的批判者(野口建彦著 文真社 2011年刊)
『カール・ポラニー』-市場社会・民主主義・人類の自由(若森みどり著 NTT出版 2011                          年刊)
『ブタペスト物語』(栗本慎一郎著 晶文社 1982年刊)
『ポラニーとベルグソン』-世紀末の社会哲学(佐藤 光著 ミネルバー書房 1994年刊)
『傍観者の時代』(ピーター・F・ドラッカー著 上田惇生訳 ダイヤモンド社1979年刊)
[マイケル・ポラニーに関する評論]
『マイケル・ポラニーの世界』(R・ゲルウィック著 長尾史郎訳 多賀出版 1982年刊)
[関連参考図書]
『終わりなき危機 君はグローバリズムの真実を見たか』(水野和夫著 日本経済新聞出                          版社 2012年刊)
『資本主義はなぜ自壊したのか』(中谷 巌著 集英社 2008年刊 )
『それをお金で買いますか』-市場主義の限界(マイケル・サンダル著 鬼澤 忍訳 早                      川書房 2012年刊)
by rijityoo | 2013-04-01 20:06 |  三水会 便り(5) | Comments(0)