2014年 04月 21日
三水会便り第6回「ハイマン・ミンスキーと現在の経済・金融危機」
2014年 三水会 4月例会
2014年4月16日(水)
於・学士会館309号室
ハイマン・ミンスキーと現在の経済・金融危機
岡本 好廣
岡本好廣氏のプロフィール
早大卒 学生時代から生協運動に従事し、卒業後日本生活協同組合連合会
に就職、常務理事、(公益財団法人)生協総合研究所専務理事を歴任して退職
現在、協同組合懇話会常任委員 ロバアト・オウエン協会理事
1.ハイマン・ミンスキーの功績
(1)「金融不安定性理論」の先駆性
ハイマン・フィリップ・ミンスキーは1911年にロシアからアメリカに渡った亡命ユダヤ人の子供としてシカゴで生まれた。シカゴ大学で数学を学んだ後ハーバード大学で経済学のPh.Dを取得した。指導教授はジョセフ・シュンペーターとワシリー・レオンチェフであった。最初ブラウン大学で教え、その後カリフォルニア大学バークレー校で准教授から教授になった。この後セントルイスにあるワシントン大学の教授に転任し、1990年に退職するまで25年勤めた。最初シュンペーターについて学んだが、理論を実践に活かして経済危機を克服する役割を果たしたケインズを尊敬し、学ぶようになった。
ミンスキーは頻発する経済危機の特徴を分析し、理論化した。金融市場における通常のライフサイクルには、泡沫的投機バブルのよる脆さが内在するとする「金融不安定性の理論」である。この理論は2008年のリーマンショックで改めて見直されることになった。金融危機は10段階を辿って出現し、繰り返すというもので「ミンスキー・サークル」と呼ばれている。10段階は次の通りである。
調子のいい時、投資家はリスクを取る。
どんどんリスクを取る。
リスクに見合ったリターンがとれなくなる水準まで、リスクを取る。
何かのショックでリスクが拡大する。
慌てた投資家が資産を売却する。
資産価値が暴落する。
投資家が債務超過に陥り、破産する。
投資家に融資していた銀行が破綻する。
中央銀行が銀行を救済する。
①に戻る。
この内、信用供与で膨らみきって資産が暴落する⑥が「ミンスキー・ポイント」と呼ばれるものである。
ミンスキーの指摘で重要なのは、①から始まって⑩になるとまた①に戻るという繰り返しである。景気の低迷を脱するために中央銀行が低金利で市場に資金を大量に注入する。それが次第にバブルを生んでやがて弾けるとパニックになる。そこで、資金注入、バブル、崩壊という繰り返しを堂々巡りのように繰り返してきた。この状況をミンスキーはこれまでの方法では解決できないと指摘したのである。
(2)17世紀から現在に続くバブル
ハーバード大学教授でインド大使も勤めたジョン・K・ガルプレイスの『バブルの物語』は、バブルをエッセイとして描いた著書である。バブルの典型とも云うべき17世紀のオランダの「チューリップ事件」に始まって、18世紀初頭のパリでのジョン・ローという天才的詐欺師による「ロワイヤル銀行事件」に繋がっていく。その手口はフランス政府の債務をルイジアナの金で支払うという計画であったが、もともとそこでは金は算出しなかったので破綻し、集められた資金が戻ることはなかった。
続いて起きたのは「サウスシー・バブル」(南海会社バブル)と呼ばれるものである。舞台はロンドンでこれも政府を巻き込んでいた。新しく出現した株式会社制度が、大衆から資金を集めて傷口を大きくした。アメリカとの貿易で、イギリス政府の債務を解消するという触れ込みであったが、実態のない話なので間もなく行き詰まって倒産した。その後もバブルは絶えることなく現在まで続いており、後にミンスキーが指摘した<バブルの10段階>が当てはまる。
『バブルの物語』でガルプレイスはアメリカ人と投機、バブルの関係を次のように述べている。「私が見るところでは、アメリカ人は格別に投機痴呆症にかかりやすい心理を持っており、報いを受ける度合いもまた大きい。このことは今世紀及び前世紀の経験が確証している。アメリカ人というのは、自分たちが成功して金持ちになるのは神の意図であり、神は自分たちに特別の金融洞察力を付与されたのだ、と信じる傾向が殊のほか大きい。そしてこの洞察力に従って金を投資し、結局はとんでもない破局に至るのだ。」(『バブルの物語』ジョン・K・ガルブレイス著 鈴木哲太郎訳 ダイヤモンド社刊)
アメリカで相次いで起きたバブル崩壊と金融破綻を考えると成程と思う指摘である。
(3)ミンスキーの指摘と新自由主義
ミンスキーは金融の技術革新が旧来の金融規制を空洞化させ、金融不安を拡大させるとした。これはケインズやガルブレイスにも共通する考えである。金融技術の革新が新手の危険な金融商品を市場に送り出し、過剰なレバレッジと相まって危機を増大させた。ミンスキーの「金融的要因が景気循環を作り出す。過剰な負債が景気の反転をもたらす。市場は累積的に不均衡を拡大させる。」という<金融不安定性仮説>は彼の死後に注目されることになったものだが、これもリーマンショックその他の金融変動、金融危機をみると判る。
全てを市場にゆだねて小さな政府に徹すべきというのは共和党と新自由主義経済学者の主張であるが、ミンスキーは金融市場の規制は市場任せにせず、政府がすべきだと主張した。また中央銀行による金融安定性の維持施策には①金融機関の規制と監督②最後の貸手機能③預金保険④公的資金による資本注入の4つがあるが、①を厳格にすることで、④は不要になるとした。
1920年代から30年代にかけての世界大恐慌から脱出し、戦前戦後を通じてアメリカ社会を安定させてきたのはケインズ的政策であった。それを70年代のスタグフレーションを機にシカゴ学派が巻き返し、新自由主義経済を鼓吹した。その代表がミルトン・フリードマンである。国家の役割は国防と治安、外交に限定し、他は市場に任せるべきだと主張する。「競争する市場は常に公平だ」「福祉は国家による(市場からの)窃盗だ」「累進所得税制度を撤廃し、一律所得税法を採用せよ」「最低賃金制も不要だ」等々フリードマン語録に踊る言葉は過激であり、当時の閉塞する時代に注目を集める効果があった。
イギリスのサッチャー政権が取り入れ、続いてアメリカではレーガン政権の誕生で、レーガノミックスと呼ばれる市場万能主義、合理主義一辺倒の経済運営に進んで行った。その結果失業と所得格差が広がる不安定な社会になり、たびたび金融危機を起こした。日本では中曽根政権が取り入れ、相次いで公営企業を解体して民営に転換させた。米英日の3国が新自由主義経済を採用したことで、その後新興国を含めて世界経済の中心になった。日本では中曽根、小泉、安倍内閣で取り入れられて現在に至っている。その結果社会の不安定化を助長した。
金融政策ではそれまで「グラス・ステーガル法」で利益相反を起こさないよう、銀行に株式・社債の引き受けやディリングを禁止していたのを許し、非適格証券業務を行う証券会社と系列関係になることの禁止規定を廃止して、自由にできるようにした。これがリーマンショックを引き起こした要因である。ミンスキーは現在の資本主義が機関投資家主導の運営に変わりつつあることを指摘するとともに、その危険性に警鐘を鳴らした。これはマネー・マネジャー主導経営ともいわれるが、彼らは機関投資家の利益のために腕を振う。目指すのは短期の利益で、企業が永続するかどうかに関心がない。マネー・マネジャーは利益の源泉は投機であると考えて行動し、失敗すれば次に乗り換えて何ら反省しない。以前ケインズが<カジノ資本主義>と呼んだものの再来であった。
(4)懸念される次の金融危機
リーマンショックから5年、先進国を始めとする世界の国々は後遺症から未だ立ち直っていない。先進国の中で日本の直接的な影響は多くなかった。しかし株価の下落、円高の進行、輸出の低迷などの影響が続いた。ヨーロッパでは多くの銀行がサブプライムの商品を扱っていたため甚大な被害を受け、アイスランドやギリシャ、キプロスでは銀行が潰れる被害を受け、デフォルトが懸念される状況に陥った。ギリシャはEUの助力でひとまず危機を脱出したものの、問題が解決したわけではない。
以前、金融危機は10年毎に起きると云われていた。それが次第に間隔が短くなり、ほぼ3年の間隔で起きるようになっている。金融危機がもつ伝播性である。
アメリカでは2001年にITバブルが弾けたが、現在はITネットワーキング・サービス事業が過熱している。ツイッターやフエイスブックの株価が異常な高値をつけた後、大幅な値下がりに転じた。いまのところバブルまでは行っていないが、注意が必要とされている。
(5)アメリカ、ヨーロッパ、中国
FRBはリーマンショック後、2000年3月、10年11月、12年9月と立て続けにQE1,QE2,QE3による市場への資金注入を行い、事実上ゼロ金利にする政策を実行してきた。それにもかかわらず失業率の低下は遅々として進まず、このままでは市場に資金がダブついてバブルを誘発するという懸念からQE3の量的緩和の縮小に踏み出した。結果は新興国から資金を引き上げることが続き、アルゼンチンで金融危機を招いた他、米自治領のプエルトリコにも大きな影響を与えた。
しかしこのところ引き揚げられた資金が新興国へユータウンしている。まだ新興国での投資で儲けられると踏んだヘッジファンドの対応によるものである。アメリカでは7-9月期のいずれかでQE3は終了し、来年にはゼロ金利も解除されることが予想される。それにもかかわらずアメリカで懸念されるのは、ガルプレイスが云う投機痴呆症気味の性格が影響して投機が進むことである。産業構造の中で製造業が占める位置が低く、金融業が突出していることがバブルに繋がっており、依然として要注意である。
ヨーロッパではギリシャ危機が終わっていない。イタリアやポルトガルも問題を残している。全体としてディスインフレからデフレへの転嫁が危惧されており、予断を許さない。イギリスでは2012年から13年にかけて4つの大銀行の職員が、ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)の不正操作に関わったとして摘発された。さらに昨年外国為替相場指標の不正操作に関与した疑惑で、10あまりの大手銀行の名前が挙がった。中央銀行に当たるイングランド銀行がその事実を知りながら、7年近く放置していたことが明らかになった。イギリス経済も不振が続いている。これまでも何度か金融危機を経験しており、こうした銀行内部の不祥事が金融への不信を増幅する懸念がある。この程イングランド銀行は漸く改革に乗り出すことを発表した。
新しい危機として中国のシャドー・バンキング問題は、今年以降の世界経済の攪乱要因である。全人代における李克強首相のデフォルト容認の発言で、この問題がにわかに現実のものとなった。理財商品と呼ばれるものの総額はいろいろな見方があってはっきりしないが、巨額であるのは間違いない。調達された資金は採算の見込みのない工場やマンション建設に使われており、利息の滞りに始まって元金の返済不能に陥ると深刻な事態になる。地方政府が関わっているので、社会不安に陥る危険性もある。中国経済そのものが減速しており、その中でデフォルトが続くと世界経済に深刻な影響を与える。
アルゼンチンを始めとする新興国の経済と金融問題も予断を許さない。ウクライナ問題のように軍事的、地政学的なリスクが世界経済に及ぼす影響も注意しなければならない。先進国に新興国を含めて現在の不安定な事態が、金融危機に繋がらないよう万全の対策を講じる必要がある。IMFや世銀、ECBなどの国際機関と協力して対策を進めることが求められる。こうしたなかでアベノミクスによる日本経済の帰趨がどうなるかは、世界に影響を及ぼすことになる。
2.アベノミクスが内包する問題
(1)アベノミクスの1年半の評価
2012年の総選挙で民主党が大敗して自民党が政権を取り戻し、第二次安倍内閣が誕生した。安倍首相は組閣に当たって「危機突破内閣」と位置づけて、経済最優先の政策を掲げて、3つの基本政策を打ち出し、アベノミクスの3本の矢と名付けた。
第1の矢の大胆な金融政策では、日銀は前年比2%の物価上昇を2年間で実現することにし、そのためにマネタリーベース及び長期国債と上場投資信託の保有額を2年間で2倍に拡大することを決めた。この方針のもとに2012年末実績で138兆円のマネタリーベースを2013年末200兆円、2014年末270兆円にすることを目指している。この政策の効果は直ぐに出て株価が上がり、為替相場は大きく円安に転換した。大量の資金を市場に流したことの効果は大きかった。しかしこれはバブルによってデフレを克服するようなものである。長期的にこの手法が有効かどうか、副作用はないか、問題が残る。
第2の矢の機動的な財政政策では、2013年度補正予算の景気刺激策としての5兆5,000億円と2014年度の95兆円に及ぶ大型予算に期待が寄せられている。これで消費税増額による景気後退が避けられればいいが、長年デフレに苦しんできた消費マインドはどうであろうか。世論調査ではアベノミクスによる景気回復は実感できないとする比率が依然として高い。「国土強靱化対策」の名の下に、不要不急の公共事業が行われることも憂慮される「財政再建」は言葉だけに終わる懸念が強い。
第3の矢の成長戦略は依然として前進が見られない。第1の柱の「産業再興」、第2の柱の「戦略市場創造」第3の柱の「国際事業展開」とも果たしてどこまで実行できるのか、不明である。いずれも縦割り省庁間のテーマを羅列したもののようで、アベノミクスは第3の矢になって前進が止まってしまった感がある。多くの企業が海外に拠点を移しているので、円安の効果が出ない。海外で企業買収が活発に行われたものの、国内投資は停滞のままで、空洞化が予想以上に深刻な様相を見せつけている。
第3の矢が進まないので、手っ取り早く2020年のオリンピックを第4の矢にしようという議論が出てきている。しかし「祭りの華やかさ」に気を取られて「祭りの後の後始末」を軽視すると大変なことになる。オリンピックで盛り上がった景気は終わると同時に急速に冷え込んで行く。2004年にアテネオリンピックを開催したギリシャはその後財政危機に遭遇した。2008年の中国も景気後退で苦しんでいる。2012年のイギリスは経費が予算を大幅に超過した反面、内外の参加者が予想を下回って赤字が増え、経済の足を引っ張っている。いずれの場合もオリンピックの後に予想以上の景気後退に遭遇している。オリンピック景気の幻想に酔いしれて、まともな方法で成長戦略を図らないと、アベノミクスが尻つぼみになるのは必定である。
(2)アベノミクスが想定しなかったこと
アベノミクスはこれからというときに、当初想定しなかったことが次々に起きて、成長にブレーキが掛かっている。
1)実質経済成長率の鈍化
昨年10~12月の実質経済成長率が年率0.7%に下方修正されて、1%台を割り込んだ。4月の消費税増前の「駆け込み需要」が成長率を押し上げるとみられていたが、想定外の事態である。
2)景気ウオッチャー指数の低下
2月の景気ウオッチャー調査で、2~3カ月先の景気判断を示す指標が1月時点より9.0%低い40.0となり、東日本大震災があった2011年3月に次ぐ下げ幅になった。
3)設備投資の伸び率の低下
これも一次速報の1.3%から0.8%に下がった。
4)個人消費成長率の低下
個人消費が0.5%増から0.4%増に低下した。景気回復のカギを握るとされる「設備投資」と「個人消費」が思うように伸びていない。
5)経常収支の赤字の拡大
経常収支は4ヶ月連続の赤字で1月は1兆5890億円となり、赤字幅は過去最大になった。円安でエネルギー費用を中心とする輸入額が増大する一方、輸出の伸びが芳しくないためである。2月に経常収支は黒字になったものの、貿易収支は依然として赤字で20年連続のマイナスである。
6)国債の需給構造の変化
さらに軽視できないのがこのところの国債所有者の変化である。3月10日時点で日銀の保有が199兆円と大台の200兆円に迫り、発行残高の20%と突出している。さらに短期国債の最大保有者が海外の投資家によって占められるようになった。国債は国内で保有しているので大量に発行しても危険はないと云っていたが、3分の1近くを海外の投資家が持つようになった。国債先物取引では海外投資家が43.8%と過去最大の比率になった。ヘッジファンドが短期取引を繰り返してシェアーを高めており、警戒すべき状況である。
このように重要な面でアベノミクスには当初想定しなかった事態が起きているが、これに対してどういう対策を講じているのかはっきりしない。
(3)グローバリズムとナショナリズムの癒着
アベノミクスは経済政策であるが、本来政治と経済は一体のものである。外交も同様である。そういう観点で見ると安倍政権の政治、外交路線には憂慮すべきものが多々ある。安倍首相の靖国神社参拝が如何に日本外交の立場を悪くしたか、それは日韓両国との関係悪化に留まらず、アメリカにも不信感をもたらした。その上安倍首相の側近がアメリカの対応を非難する動画に投稿して批判し、ますます状況を悪化させた。安倍内閣は前の民主党内閣の尖閣、竹島問題を引き継いで出発せざるを得なかったが、取るべき政策が違っていれば現在のような緊張関係にはならなかった筈である。両国との関係を最悪の状態にした責任は大きい。
その他にも集団自衛権の行使から憲法改正の企て、国家安全保障会議と一体になった秘密保護法制定の動き、沖縄での新しい基地建設等、問題をあげればきりがない。安倍政権はこれらを思うように進めるために、内閣法制局長官やNHK会長人事にも手を下した。その結果法制局長官は国会を軽視し、NHK会長は公的報道機関のトップにあるまじき言動で国内外の批判を受けている。こういうことをしておいて「積極的平和主義」に徹するといっても内外共に信用されない。
安倍首相はかつての西ドイツの大統領や首相のような「哲学を学び、歴史に学び、他国から学んで行動する」という姿勢に欠けている。これがアベノミクスの阻害要因にもなっているのは中国、韓国との関係をみても明かである。野党はもとより与党にもこれを正す意欲がないのが憂慮される。
(4)アベノミクスは持続可能か?
1)ヘッジファンド有力者の指摘
ジョージ・ソロス、ジム・ロジャーズ、ウオーレン・バフェットは世界を代表する投資家である。巨大なヘッジファンドで莫大な利益を上げる一方で、慈善家、社会奉仕家としても知られており、経済学者としても一家言もっている。
ジョージ・ソロスは2月22日にダボス会議(世界経済フォーラム)の場で、安倍首相と会談したと伝えられている。直後に日本株の殆どを売却、その結果24日の東京市場は売り一色の展開になって1ヶ月ぶりの安値を呼び、休日を挟んだ28日まで外人投資家の売りが続いて、7ヶ月ぶりに日経平均は15,000円を割り込んだ。平行して円高が進み、24日には101円98銭と年初来最高値を更新した。何を話したのかは判らないが、ソロスは安倍首相の人物鑑定をしたのかも知れない。それに先だって1月2日にソロスは、チェコのウエーブ・サイトに寄稿して「大規模な金融緩和はリスクある実験だ。…しかし、安倍首相は日本を穏やかな死に処するよりも、そのリスクをとることを選んだ。…」と云っている。
ジム・ロジヤーズは『週刊現代』(3月29日号)のインタービューで、「日本経済に何が起きているのか教えましょう」と題して、アベノミクスに対する見解を披瀝している。要点は次の通りである。
「今後1~2年、日本株はさらに上昇すると思います。しかし長い目で見ると、アベノミクスというのは、日本経済を破壊する政策でしかないのです。…通貨切り下げ策が中長期的に一国の経済を成長させたことは一度としてありません。…財政出動もひどいものです。日本はすでに先進国で最悪レベル、GDPの240%という財政赤字を抱えています。その額は1,000兆円を超す巨額赤字にもかかわらず、安倍首相がさらに借金を膨らませて無駄な橋や高速道路を作ろうとしているのは正気の沙汰とは思えません。…いま日本がやるべきは、減税と支出の削減です。アベノミクスで日本経済が成長することはできません。…このまま続けていたら、最終的にはどうなっていくのか。それは巨大な経済破滅でしかありません。…仮に日本が国家破綻するとなれば、その直前に多くの投資家が日本株を大量に売り浴びせることでしょう。アベノミクスはすでに日本経済の土台を溶かし始めています。残された時間は、決して多くはないのです。」
ジム・ロジャーズはアメリカの経済運営に疑問をもち、歴代の財務長官やFRB議長を厳しく批判している。現在はアメリカを離れて家族とシンガポールに住み、ここから情報を発信している。ジョージ・ソロスとは今は別々に行動しているが、以前は一緒に投資事業をやっていた仲である。ジョージ・ソロスは1990年イギリスでポンドが高止まりしているのをみて、大量のポンドを売り浴びせてイングランド銀行を窮地に追い込み、遂にポンドを変動相場制に転換させた。
1997年にはタイバーツやマレーシアリンギットを空売りして窮地に陥れた。独自の学説をもつ哲学者でもあって、「世界市場の崩壊は衝撃に満ちた出来事だろう。しかし私には今のシステムが続くと想像するのはもっと難しい」と達観している。一端売却した日本株も次の金融緩和前には買い戻すとともに、円相場の攪乱も行うであろう。ソロスが動けば、ロジャーズを始め市場の6割を占める外人投資家が同調する。国債の利率が上がって価格が下がれば、ポンド危機の時のように日本経済が揺さぶられる危険がある。
2)「賞味期限切れ」との海外評価
第1の矢、第2の矢が大きなリスクを抱え、肝心の第3の矢が力にならないアベノミクスが成功するとは考えにくい。アベノミクスは円安と株価上昇を頼りにしているが、3月10日から14日の日経平均株価は946円安と3年ぶりの下げ幅を記録した。6日から12日の日本株ファンドからの純資金流失額は12億ドル(1兆2000億円)で、2008年1月最終週以来約6年ぶりの大きさであった。秋口にかけては上昇が予想されるが、日銀の更なる市場への資金投入が前提の効果で、モルヒネ注射に似て永続性がない。こんなことを繰り返していたのでは日本経済の体力がもたない。日本の株式市場は海外の投資家が支える構造になっている。しかし海外ではアベノミクスは賞味期限が切れたという評価になっている。
今回の春闘は久しぶりのベースアップ回答が出た。これに対して海外では「春闘は失望する内容」という受け止め方とのことである。ベア5%はあまりに低率すぎる、これでは消費増税分をカバーできず、実質の雇用者報酬の伸びはマイナスになる可能性があるとの見方である。大企業がこの水準で中小企業はついて行けないし、非正規社員の賃金は殆ど変わっていない。2014年3月期の企業業績の改善は従来と同じコスト削減によるもので、労働分配率を下げることに汲々としていて成長による効果が何も出ていない。日本企業の体質は何も変わっていないというのが海外の評価である。第3の矢の成長戦略の結果が出てこないと、アベノミクスの評価は高まらない。
3)構造変化を無視した成長戦略
アベノミクスの成長戦略には、世界の経済構造がに大きく変っているという認識がない。新興国が資源を輸出し、先進国が製品を製造して逆に新興国に輸出するということで世界経済が循環していたのは過去のことで、今や新興国が工業製品を生産して輸出するようになっている。韓国が家電市場を日本から奪い、中国は米・欧への消費財輸出のシェアーを年々拡大している。「産業の米」と云われる鉄鋼の生産が中国、韓国、インド、ブラジル、インドネシアといった国で拡大し、世界的な過剰生産に陥っている。現地生産の増大も先進国の国内産業を空洞化させる要因である。
人件費を始めとするコスト問題があって大企業から中小企業まで、新規投資は国内を避けて海外に向けられている。デフレを乗り切るための合理化で、研究部門が縮小され、成長のための人材投資、設備投資が進んでいない。企業も内部留保で有り余る資金を持ち、政府がいくら投資を呼びかけても効果がない。資金がなくて投資が出来ないのでなく、投資に見合う利益が得られないのである。そのため融資も依然低調で、メガバンクから地銀、信金まで銀行全体の預貸率は68%に低下している。因みにアメリカは80%である。日本が輸出立国であったのも過去の話で、現在の日本経済は内需が支える構造である。それに消費税増税でブレーキをかけたのも肯けない。成長戦略は環境の変化を無視した机上のプランであり、そのことに海外の投資家は気付いて日本への投資を手控え始めたのである。
こうしたことを無視して、金融と財政が一体になって際限なく市場に資金を流し続けると、「経済・金融危機」を誘発する。その結果最悪の場合は金融市場で円の信頼が揺らぎ、国債の利率が上って価格が下がり始める。その兆候が見え出すとヘッジファンドが一斉に円売りを仕掛け、円の価格を暴落させる。為替や株の売買は心理的な要素で大きく動くので、悪い噂で円と日本株が売られると雪崩を打ったように売りが殺到する。ヘッジファンドはこの絶好の機会を手ぐすね引いて待っているのである。
「金融的要因が景気循環を作り出す。過剰な負債が景気の反転をもたらす。市場は累積的に不均衡を拡大させる」このハイマン・ミンスキーの指摘を忘れてはならない。
<参 考 文 献>
「ハイマン・ミンスキーの著作」
『投資と金融-資本主義経営の不安定性』(岩佐代市訳 日本経済省論社 1988年刊)
『金融不安定の経済学-歴史・理論・政策』(吉野紀・内田和男・浅田統一郎訳 多賀出版 1989年刊)
『ケインズ理論とは何か-市場経済の金融的不安定性』(堀内昭義訳 岩波書店 1999年刊)
「ハイマン・ミンスキーに関する研究」
『危機・不安定性・資本主義-ハイマン・ミンスキーの経済学』(服部茂幸著 ミネルバー書店 2012年刊)
「金融危機に関する研究と評論」
『バブルの物語-暴落の前に天才がいる』(ジョン・K・ガルブレイス著 鈴木哲太郎訳 ダイヤモンド社 1991年刊)
『投機バブル・根拠なき熱狂-アメリカ市場、暴落の必然』(ロバアト・シラー著 植草一秀 沢崎冬日訳 ダイヤモンド社 2001年刊)
『新しい金融秩序-来たるべき巨大リスクに備える』(ロバアト・シラー著 田村勝省訳 日本経済新聞社 2004年刊)
『経済学者の栄光と敗北-ケインズからクルーグマンまで14人の物語』(東谷 暁著 朝日新聞出版 2013年刊)
『新自由主義の帰結-なぜ世界経済は停滞するのか』(服部茂幸著 岩波新書2013年刊)
『経済ジェノサイド-フリードマンと世界経済の半世紀』(中山智香子著 平凡社新書
2013年刊)
『資本主義の終焉と歴史の危機』(水野和夫著 集英社 2014年刊)
「経済危機に関する研究資料」
[最近の経済の迷走を憂う](岡本好廣 協同組合懇話会会報№95 2013年7月号所載)
[カール・ポラニーとロバアト・オウエン](岡本好廣 ロバアト・オウエン協会年報38号所載 2014年3月発行)