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第7回三水会便り「アメリカ経済の今後の方向を探る」

アメリカ経済の今後の動向を探る
講師:鈴木恒男氏
学士会館
6月18日午後4時30分から

鈴木恒男氏プロフィール
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1942年宮城県生まれ。65年東北大学経済学部卒業。同年日本長期信用銀行入行。大阪支店営業第三部長、企画部企画室長、審査部長を経て、92年取締役事業推進部長(新設された不良債権処理専担本部の初代部長)。その後、営業企画部長(国内融資業務の統括)。95年常務取締役(営業部店担当)。98年8月副頭取・頭取代行。同年9月頭取。長銀の国有化(特別公的管理)に伴い、同年11月退任。

はじめに  変貌し続けるアメリカ経済
 米国は、ベトナム戦争で疲弊した経済を乗り切るべく打ち出された1971年の新経済政策に代表されるように、経済的な苦境を大胆な対応策と構造改革で乗り切ってきた。末尾に添付した表のとおり、その柔軟性が米国経済の特徴といえる。
現時点は、リーマンショックからの立ち直りの途上にあって、なお困難な状況を克服し切れてはいない。他方で、今後の十年ほどの期間を展望すれば、前回危機の反省を踏まえ、シェール革命や世界的潮流の変化予測に基づく、米国の新たな経済体制が構築される可能性がある。ただし、前回の金融危機の後遺症や副作用も色濃く残っている中、再び経済の体質を変革するには未知のリスクも伴い、やはり紆余曲折は避けられまい。
ここでは、中長期的な「適応力」の視点から米国経済の強さや方向性を検証したい。

1 「米国経済の回復」をどう見るか?
〈現在の局面〉 
 ①リーマンショックからの順調な回復(特にEUと比べて)
   米国経済の現状は、低金利と金融の量的緩和(QE)に支えられた回復の途上にある。   住宅価格の回復も昨年秋から足踏み状態であり、家計の「バランスシート調整」は終了しておらず、本格的な回復軌道に乗ったとは言い難い状況。
一方、FRBは「非伝統的金融政策」に一定の効果が見られたことから、金融正常化策(テーパリング)をアナウンスした。しかし、その実行を急ぐと、一部に陰りが見える新興国の経済の混乱の混乱を加速する恐れがあり、それに伴って米国経済も多大な悪影響を受けるため、金融の量的正常化を達成するまでには数年の時間を要する。景気が本格的に回復する場面で、過剰流動性を抱えることとなれば、米国内外のバブル発生やインフレも懸念される。
 ②最大の経済指標「失業率」の低下、一方での格差拡大
   目標とされていた失業率6.5%は一時的に達成されたが、ベビーブーマー世代の引退などによって労働参加率が低下している影響も。また、賃金やストック面の格差も拡大し、個人消費をはじめとする内需の広汎な盛り上がりに結びつくまでには至っていない。
住宅を中心とする内需依存型の経済の「暴走」(サブプライム・ローン問題を発端とする金融・経済危機)を経験した米国は、いま次なる経済モデルを模索している。
 ③「史上最高水準」を更新する株価 
  「リーマン前」を超え、最高値を更新中。民間の借り入れが伸びず、金融の量的緩和・低金利政策が株高を演出していることが主因。つまり、現在の米国の株高は、危機後に自ら注いだ温水で冷えた体を一時的に温めている状態。
また、米国の代表的企業の株価の上昇は、これらの企業が、アジア・中南米などの経済成長の結果を巧みに取り込んでいることの証左(米国経済のけん引役である同国のグローバル企業は国外売上が50%を超えるものが多い)。

2 米国経済の強さと課題―あらたに問われる環境変化への対応力
〈米国経済の基盤に埋め込まれた「強さ」〉
①人口増加(先進国としては高い出生率、移民の受け入れ→国内市場の維持拡大)
②エスニック集団の共存を可能にする政治・社会システム
   アメリカ社会の多様性→グローバルな問題意識、ハイブリッドから生まれる文化、「標準化」へのこだわり。
③分権(連邦)制―統治機構の柔軟性
  教育、医療などの分野での州ごとの取り組み、法人税率にも差異→社会実験、成果があれば他州も追随。
 ③官民一体でのグローバル経済などに関する情報収集力と解析力、推進力
・政治・軍事パワー、新技術をフル活用して「グローバルスタンダード」を掌握
・米国の得意分野のための、圧倒的な「国力」を駆使した外国市場の開放
④ドルが今後も当分の間、基軸通貨であり続ける。

〈今後の米国経済の方向を左右する新たな要因〉
①シェール革命
 すでに石油輸入額が減少。エネルギー自給率の長期的な上昇は、中近東などから、巨大な新中間層の増加が見込めるアジア「市場」へのシフトを促進。なお、製造業復活へのインパクトはまだ不透明で、雇用増への波及も限定的か。

②貿易依存度の引き上げ
  70年代まで10%台前半だった貿易依存度(対GDP比)は22%(2012年)まで上昇。第二期オバマ政権の「5年で輸出倍増」は達成困難だが、輸出は石油製品、輸送機械、医薬品、精密機械などで着実に増加。中でもサービス貿易の拡大が続き、財の貿易の赤字を一部補っている。こうした得意分野の一層の拡大による貿易収支の改善、対外投資のハイリターン維持のためにも、TPPなどに固執。
米政府は、技術開発と輸出市場開拓を後押しし、最終的には雇用創出→内需型成長へ結びつけることを模索し、先進製造業(advanced manufacturing)の創出を促す。
・情報、オートメーション化、コンピューター、ソフトウェア、センサー、ネットワーク構築などに関連する分野
  ・物理・生物科学(ナノテクノロジー、化学、バイオロジー)が生み出す最先端の素材、能力を活用するもの(生産技術を含む)

③金融規制の実効性?
  2010年に成立した金融規制改革法(ドッド=フランク法)は、銀行からヘッジファンドに至る広範な分野で大きな改革を行うもの(事実上の始動はこれから)。
  他方、米国経済の「投資銀行」的な体質は当分続くので、金融機関やファンドも投資銀行的な体質(海外投資でのハイリターン指向など)からの脱却は困難か。

 ④製造業の復活?
   現時点は「製造業デフレ」が収束し、製造拠点の国内回帰の兆し。シェール革命によるコスト低減→生産増加がみられるほか、「労働権法」を制定する州の増加に伴う労働組合の影響力の低下など追い風が吹き、国内の工場新設が増加(特に南部諸州)。業種としては、化学、石油、鉄鋼、電機、建機など。ただし、製造業の回復が本格軌道に乗るかどうかはまだ見極められていない。

3 環境変化に柔軟に対応する企業群
米国企業のビジネスモデルは柔軟に変化しており、高い適応力が見て取れる。
①高付加価値追求のビジネスモデルの追求
  ・ファブレスメーカーの増加、アップルに見る徹底したグローバル・サプライチェーンの管理、バリュー・チェーンの最上流と最下流を掌握して高収益を獲得するなど。
 ・「オープン&クローズ」
    新技術を世界に公開し、それを用いてあまねくビジネスを展開させる。だが根幹部分だけは法的にも技術的にもまねができないようにブラックボックスに。
 ②先進製造業パートナーシップ(AMP)のスタート
  パイロットプラントとして3D生産技術研究拠点(2012年、オハイオ州)
 ③ベンチャー・ビジネスの新たな動き
 ・例えば、アマゾンは世界最大の通販会社であり、また世界最大のクラウドコンピューティングの会社→巨大なインキュベーターに(事実上、雇用契約のない開発要員。起業の初期投資が大幅に節減される。そのベンチャーに事業化可能性があれば直ちに買収も)。
 ・新しいタイプのベンチャーキャピタル
   自ら出資する傍ら、出資先企業を株式公開以前に、アマゾンやグーグルなどに斡旋。

 ③ビジネスモデルの変化―メンテナンスを「売り」にする企業の高収益性
  ・D社(巨大農業機械メーカー) サービス、メンテナンスは年間を通して無休
  ・U社(エレベーター・エスカレーターメーカー)
   子会社も含め、先進国での収入の8割がメンテナンス(それを支える「トラック・レコード」)

4 新たな経済の構築に向けた懸念材料
 他方で、以下の課題を克服する必要があり、その道のりには紆余曲折も予想される。
①不安定さ・振幅を増す経済環境←世界各地の政治・社会の不安、気候変動に左右されやすい経済⇔マネー過剰が日常化する世界(潜在的な生産力が需要を上回る時代)
  多極化が進行する中で、米国国債消化を中国などBRICSに依存する構造が続けば、これら新興国の政治的な混乱、マネーの急激な移動は米国債価格の暴落(金利急騰→実体経済への悪影響、ドル信認の動揺)リスクが現実のものになりかねない。
 「一国均衡化・内向きへ」の方向性と「グローバル化依存」の既成事実の相克。

②貧富の格差・社会の分断(「機会の公平性」をはじめとするアメリカ型民主主義の危機)中間層の喪失による消費の伸び悩み懸念。
長期的には、社会的土台=生産要素(中でも良質な労働力)を国の負担で改善することが不可欠(「市場原理」で生産要素を回復・改善することは不可能)。
その財源確保のため、2~3%の経済成長を実現する積極的な金融・財政政策を続けざるを得ないが、一方で消費を刺激しつつ国内での国債消化拡大を図るのは難題。

5 米国経済の今後の方向と日本へのインプリケーション
〈米国の「一国均衡」化、経済大国のひとつへ〉
 2020年を待たずに、中国のGDPが米国を上回る可能性がある。しかし、米国はその後も長く、一人あたりのGDPは主要国中のトップを維持し、世界の中で最も活力のある「最強の極」であり続けるだろう。米国は、相対的な地位の低下を背景に、従来以上に自国の利益を優先した戦略を強めると予想される。世界を潤す消費国であり、また金融収益などサービス貿易に頼る体質から、従来以上に広範な分野の国際競争力を回復させようとする「一国均衡型=内向き」指向がすでに始まっている。
加えて、前述のシェール革命もあって、貿易収支は長期的に改善する。財政問題でアクシデントがなければ、ドルの価値は引き続き信認される。他方で、多極化の進行とともに、米国が世界経済に責任を負う立場から部分的に開放され、状況によっては、自国の利益のために、軍事力などを背景にした強硬姿勢も辞さない場面も予想される。

そして今後、経済大国間競争が熾烈になるが、米国の優位性は揺るがないだろう。
すなわち、今後のメガコンペティションの中で、民主主義政治体制、自由競争を支える法律の枠組み、経済の新たな活力の源となる「個人の自由」の3つは、米国の重要な武器になる。さらに、危機のたびに政治主導で重点的に実施され、イノベーションを実現してきた官民協調の研究・技術の先端性、さらにはエネルギーと食糧自足の体制などを考慮すれば、危機時の耐久性も含めて米国の優位をもたらす可能性はより高まる。

〈日本経済へのインプリケーション〉
 移民政策や人口問題など、日米の経済基盤の現状や将来像は大きく異なるが、経済のサービス化(ITとの結びつき)、技術輸出の強化などによる対外サービス収支の拡大、先進製造業での主導権(世界標準)争い、多くの分野で登場したグローバル企業の新ビジネスモデルやベンチャー企業の育成など、米国経済が示唆するものは多く、またきわめて重要な意味を持っている。米国経済・産業の今後十年は成熟した先進国経済の一つのモデルとして注視されるだろう。
他方で、日本は米国の後を追いつつも、人口問題や他国依存の食糧・エネルギー問題などを考えただけでも、スモール米国(完全な相似形)になりきれない。また、将来、先端製造業で日本が米国の後塵を拝することとなれば、家電業界のように米国のグローバル企業の部品メーカーの地位に甘んずる構図が一般化し、固定化する。
多極化する世界経済の中で生き残りを図る独自の長期戦略と政治・行政を含めた地道な実行力を必要とすることは言うまでもない。そこには原発事故処理を含むエネルギー問題、人口問題、教育・福祉のあり方、首都圏一極集中の是正、市場主義に揺さぶられている科学技術・研究の抜本見直しなど、わが国固有の重要テーマが山積する。
米国が「一国内均衡・軍事から経済へ」と動く中、逆に、政治(軍事)イデオロギーに前のめりになりがちな日本だが、むしろ、米国経済の今後の方向を冷静に観察し、日本経済のポジショニングを的確に見定めることが先決であろう。
以上

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by rijityoo | 2014-06-21 18:50 |  三水会 便り(5) | Comments(0)