2016年 01月 29日
三水会便り「20世紀を変えたバルト3国の再独立」その3
バルト3国の再独立後四半世紀になる。しかしこの地域は平和が戻ったと手放しで喜べない状況になっている。昨年3月ウクライナ東部クリミヤ半島を事実上ロシアが併合した。バルト3国にはロシア系住民が多く住み、リトアニアの西にはロシアの飛び地のカリーニングラードがある。バルト3国は東にロシアとベラルーシ、そして西はカリーニングラードに囲まれている。ベラルーシの首都ミンスクにはソ連崩壊の後旧ソ連圏の結束を強めるために組織した[独立国家共同体=CIS]の本部がある。
ウクライナとロシアの関係が険悪になったのは、ウクライナがCISからの脱退を宣言してからのことである。リトアニアが独立する前はカリーニングラードは同じソ連圏だったので通行に何の問題もなかった。ウクライナで起きた問題を考えると、バルト3国とロシアの関係も憂慮される点が多い。バルト3国は戦闘機をもたず、国土の防衛はNATOに依存している。このところロシア軍機の接近が増えていて、NATO軍機のスクランブルは2004年は年1回程度だったのが、2014年は40回以上になっているという。領海近くへロシア潜水艦の接近も見られ緊張が増している。この他ロシアからのサイバー攻撃も憂慮されている。エストニアのエルベス大統領は「ウクライナ危機は宣戦布告なき戦争」によるものだとして、警戒を呼びかけている。
こうした矢先ロシアの最高検察局が、バルト3国のソ連離脱の合法性を調査し始めたという報道がなされた。バルト3国の独立を認めたのはソ連の最高意志決定機関である最高会議でなく、ゴルバチョフが作った国家会議であるから無効だというものである。同じ論法は以前ソ連がウクライナにクリミヤ半島を移譲した問題でも使われ、ソ連憲法の手続きを踏んでいないから違法であり、クリミヤは依然としてロシアのもので、これを接収したのは元に戻しただけのことだという理屈である。
帝政ロシアからソ連時代に進められてきた大ロシア主義の立場に立つプーチン大統領は、「自分はロシアの子どもたちを守る役目を担っており、国境の子どもたちも、守らなければならない。」と云い、以前ソ連圏にあった国々への関与を口にしている。
1月9日に放映されたNHKスペーシャル「ロシア復活の野望」では、ロシアが力を背景にて現状変更の試みを次々に行っていることを明らかにした。「ヨーロッパが如何に反対しようともロシアは決断しなければならない」との主張である。こうしたプーチン大統領の、強気の背景には任期があと1年になったアメリカのオバマ大統領と、EU主要国の意見の不一致を捉えた巧妙な戦略が垣間見える。クリミヤ問題の帰属はもとより、シリアのアサド政権支持でも欧米諸国と真向から対立しても主張を変えることはない。これを国民の90%もの人たちが熱烈に支持しているという背景がある。国民のなかにも「大ロシア主義」が根を張っているのである。
ロシアは今深刻な経済危機のなかにあり、デフォルトさえ憂慮されている。ロシア経済は40%以上を原油、天然ガスなどの輸出に頼っている。それが原油のだぶつきによって価格が下落し、国家経済を直撃している。CDPに占める財政赤字の比率は4.4%に及び、それを過去に積み立てた経済基金を取り崩して埋めている。それも間もなく底をつくということで事態は深刻である。膨大な国防予算が足かせになっており、特にシリアの政権を守るための軍事費が重たくなっている。ルーブルの減価は深刻で国民はインフレの重圧に苦しんでいる。
こうした状況にも関わらず強気一辺倒なプーチン大統領の対外政策は不気味である。そのとばっちりが隣り合わせのバルト3国に及ばないことを願っている。Newsweek誌によると、NATO欧州連合軍のフィリップ・ブリドラブ最高司令官は「過去数十年、欧州の安全保障の基盤となってきたルールや原則をロシアは根こそぎひっくり返そうとしている。そうなれば、ロシアはもはや欧州の問題ではなくて、世界の問題だ」と云っている。折角独立と平和を取り戻したバルト3国の独立と平和を守るために、国際世論の喚起が求められる。
[参考資料]
『物語 バルト三国の歴史』志摩園子著 2004年7月刊 中公新書
『北の十字軍』 山内 進著 2011年1月刊 講談社学術文庫
『6千人の命のビザ』 杉原幸子著 1990年6月刊 朝日ソノラマ
『その時歴史が動いた』 NHK取材班 2001年8月刊 KTC中央出版
『杉原千畝と日本の外務省』杉原誠四郎著1999年11月刊 大正出版
『杉浦千畝ガイドブック』 リトアニア杉原記念館編 2013年第3版刊
『戦争と諜報活動-杉浦千畝たちの時代』
白石仁章著 2015年7月刊 角川新書