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久米さんの科学映像便り

NPO法人科学映像館を支える会は10年前にスタートしました。

2002年、私が67歳で大学を定年退職して最初に手掛けた仕事は、大学時代の経験を生かした「骨の健康」に関する啓発活動でした。7年間で北は札幌から南は島根まで、実に9道府県において28回にわたってセミナーを開催。講師の話とともに希望者の骨密度を測定するサービスも。その間の参加者は約6,000人、骨密度の測定者は4,300人を数えました。並行してHPとパンフレットを制作して、骨の病気に関する情報発信と電話の対応による啓発活動に明け暮れた7年間でした。

この活動を続けていた2004年4月、ある映画製作者の指導により、大学時代に関わった骨の科学映画をインターネット上で無料配信する機会が生まれました。私にとっては全く未知の世界でしたが、これが今日の「科学映像館」を始める切っ掛けとなったのです。後日知ったのですが、2004年はYouTubeが生まれた年でした。最初は生命科学関連の17作品を配信しましたが、送受信の環境が不十分で大型動画の配信はむずかしく、せいぜい名刺大程度の画面でした。余談ですが、私が使用した大型動画配信との言葉がネット上に取り入れられましたね。当時はまだ国会の予算委員会の模様が流れていたに過ぎませんでした。その後電話線に代わって光ファイバーが普及したほか、ハードデイスクの大容量化で送受信環境も画期的に改善されました。そこで2007年、「NPO法人科学映像館を支える会」を創設、第一作目として35mmネガフィルムからHD化した「生命誕生」を5月1日に配信しました。いつでも、どこでも、だれでもが自由に作品を閲覧できる「空間劇場」の構築が始まったのです。
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http://www.kagakueizo.org/introduce/43/
2007年3月23日、第1回理事会。ふじみ野の事務所にて
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 HD化した「生命誕生」の1カット。http://www.kagakueizo.org/movie/education/69/

以来9年間、本当に多くの方からのご支援を頂き毎週木曜日に新しい作品をお届けしてきました。その数は2016年4月15日現在、808作品を数えています。これまで配信した作品のうち、YouTubeに320作品、iTunesUに250作品、国立国会図書館に313作品を提供しています。また平成28年度の中学校電子教科書にも配信作品が使用されています。デジタル化を完了した20作品、および配信許諾を得た作品を加えると、現在約600作品が配信を待っている状態となっています。
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国立国会図書館デジタルコレクションの一つとして科学映像が登録された。http://dl.ndl.go.jp/

配信作業を継続するかたわら、もっと多くの方に見てもらいたいと各種の広報活動を行ってきました。新聞社への情報提供(掲載30回、書籍4回)、パンフレット制作と配布、およびブログ記事投稿、Twitter, FBなどのSNS活動です。科学映像館ウェブサイトの更新は毎週1回ですから、その間の新着情報をブログに掲載して情報の発信を行ったわけです。FBは個人と法人の二種類を使い分け、法人アカウントでは配信映画を紹介しています。より多くの方に見ていただこうと配信映画をジャンル別に分類するなど、工夫をこらして紹介しています。作品にもよりますが1,000件を超える閲覧もあります。
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配信映画は科学映像館ウェブサイトとYouTubeで約700万回再生され、多くの方にご覧いただくとともに様々な機会で活用されてきました。教育現場、会社の研修、映画祭、研究会、テレビ番組などでの二次使用です。特に2011年3月に発生した東日本大震災に伴い起こった原発事故では、NHKはじめ民放各社の報道番組において、当館配信映画である「福島の原子力」など三作品が30回以上にわたって活用され、社会的にも高く評価されました。これらの映画は海外8カ国でドキュメンタリー映画の素材として活用され、ウォールストリートジャーナル電子版でも取り上げられました。
岩波書店発行「日本のドキュメンタリー」


一方で科学映像館活動を進めるには、これまでに様々な問題もありました。ここでその問題のいくつかを振り返ってみましょう。その一つは作品の発掘と配信の許諾です。最初の一、二年は東京シネマとヨネ・プロダクションの作品、100~200作品を中心にその作業が進みました。しかしその作品数にも限度があり、他の製作会社と直接又は間接的に配信許諾の交渉を行いましたが、相手の考えもあり一作品の承諾を得るまでに二、三年を費やしたこともあります。その交渉は主に手紙と電話を通じて行いますが、IP電話で通話料が一か月1万円を超えることも多々ありました。また、「映画とは、部屋を暗くして大型スクリーンで観てこその映画である」と言われたこともあり、映画に関する考えの違いには戸惑うこともありましたが、そこに制作会社側の、作品にかけた背景と想いを垣間見ることもできました。しかし「見てもらうために映画をお作りになったのでしょう」の一言でご承諾いただいたこともありましたが、すべて電話での交渉であり、作品ごとに承諾までのそれぞれの想いが残っています。発掘に福井まで足を伸ばした。
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余談になりますが、国立国会図書館への映像納入プロジェクトを進めていた際、「あなたの作品は見事に殿堂入りされましたね」の言葉をかけると、「これで安心して三途の川を渡れます」と返せるほどに相互の信頼関係も生まれ、感謝されることもありました。また製作者の御子息から感謝のお手紙が届いたこともありました。最近は当法人の活動もある程度評価されて作品を持ち込まれることが多くなり、作品発掘の苦労はおかげで少なくなりました。現在依頼作品が600作品を超えており、そこでのしかかってくるのは運営資金の問題です。

フィルムのデジタル化は尺寸によって変動します。SDで数万円、HDでは約10万円を要します。さらに配信までにはサーバー代とエンコード代も必要です。これらの費用も月数万円が必要となり、年間最低約400万円の運営費が必要となります。これまで、これらの運営費は科学映像館会員からの会費、篤志家によるご寄付、企業の賛助金ならびに各種助成金によって賄われてきました。
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経理の管理も大変な仕事。

2012年からの四年間は国立国会図書館への映像納入を通じて得られる事務費用も、活動資金確保の大きな柱でした。しかしこの図書館プロジェクトも終了したほか、近年助成金の不採択が続き、昨年2015年は「今後どうすべきか」と真剣に悩んだ一年でした。ビジネスモデル化、クラウドファンディングによる資金調達などのご提案もありましたが、これといった打開案もなく半年が過ぎた頃、大学の卒業生から得た情報をもとに「役目を終えた金属冠をご寄付いただく」ことで活動資金を確保する「科学映像館TFMAプロジェクト」を立ち上げ、寄附も順調で今後も何とか継続できる可能性が生まれつつあります。

さらにもう一つの課題は映画に関する資料不足です。製作者も高齢化しており、資料をいただけるケースは10%以下でした。そのため作品を二、三回閲覧してできる限りの資料を科学映像館ウェブサイトに掲載して作品を配信しています。映像の保管と資料の整理は喫緊の重要課題でしょう。これらの資料は、国立国会図書館に映像を納入する際に大変に役立ちました。

ある研究会の調査では、記録映画は十数万作品が制作されたと報告されています。その極一部は「近代美術館付属フィルムセンター」に保管されています。しかし他の大多数の作品は制作会社の倉庫、図書館、博物館などに日の目を見ることなく保管されたまま、劣化の一途を辿っています。当法人が活動を開始して以来9年になりますが、デジタル化して公開された話は殆どありません。貴重なフィルムの発見が未だ新聞記事のネタになっているのが現状です。貴重なフィルムが劣化、破棄されることなく、文化庁など官庁のバックアップを得て一日も早くデジタル化して保管、公開されることが望まれます。さらに貴重な作品は4K又は8Kでデジタル複製し保管して欲しいものです。
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最後に改めて、これまで当館の活動をご理解、ご支援いただいた関係者各位に感謝申し上げます。貴重なフィルムをご提供いただいた制作会社、企画会社および製作者なくしてこの仕事はあり得ませんでした。作品のデジタル復元を、素晴らしい技術力と誠意で、さらに利益度外視で行っていただいた東京光音株式会社の松本一正前所長と社員の方々、また作品を格納したサーバーの管理、映像配信とメタデータ修正・掲載を誠実に(やはり利益度外視で)支援してくださったメデイアイメージ株式会社各位。運営費の面では当館会員、個人のご厚情と企業のご賛同に支えられました。心から感謝します。また諸般の事務処理を陰で支えてくれた赤塚紀彦氏、PCの操作などで面倒を見ていただいた徳島県美馬市在住の国見武男先生、筆者の頼もしい「お隣さん」である大月さん、浜島さんに感謝の気持ちで一杯です。PCの設定と修理は主に娘婿の杉田君に、また会計は家内に助けてもらいました。ここに記して感謝する次第です。
by rijityoo | 2016-04-18 00:19 | Comments(0)

今なぜ、科学映像館か? その舞台裏を語ります。