2016年 05月 03日
災害時の避難対策に関する私見 -我が国は災害とは無縁ではない
はじめに:
2016年(平成28年)4月14日21時26分(JST)に熊本・大分の両県で発生した最大震度7、マグニチュード6.2の地震では甚大な被害が発生し、地域住民の方の平穏な生活が一変してしまう大変な事態となった。ここに、被害に遭われた皆様には心からお見舞い申し上げるとともに、一日も早く元通り平穏な生活が取り戻せることを心より祈念する次第である。
「豊葦原の瑞穂の国」と称えられ、豊かな四季と水の潤いに恵まれている我が国は、同時に地震や台風といった災害からも決して無縁ではいられない国でもあった。最も古い地震の記録は416年とされるが、それ以前にも堆積物の調査から巨大地震が複数回発生していたことが明らかとなっている。比較的「最近」である江戸時代以降を見ても、1605年(慶長9年)12月16日に発生した慶長地震では紀伊、阿波、土佐などで大きな被害に見舞われ、犠牲者は1-2万名と伝えられている。
さらに「最近」となると1855年(安政2年10月2日)に発生した安政江戸地震、そして1923年(大正12年)9月1日に発生した関東地震「関東大震災」など、我が国はこれまでに何度も地震災害に見舞われてきた歴史を持っている。
東日本大震災へのNPO法人科学映像館の対応
2011年3月11日午後2時46分(JST)、東日本の太平洋側で発生した最大震度7、マグニチュード9.0の巨大地震「東北地方太平洋沖地震」では、まことに未曾有の甚大な被害が発生し、犠牲者は15,894名(平成28年3月10日時点)、重軽傷者6,152名を数え、現在に至るまで避難所や仮設住宅の、平穏かつ快適とは言えない不自由な生活を強いられている方も多い。2015年8月末時点のデータではこの震災による避難者は19万8,513名を数え、住み慣れた地元から各県に分散して避難生活を送られている状況となっている。
2007年4月に活動を開始したNPO法人科学映像館も、この震災による被災者の方を少しでも元気づけ、励ますために様々な支援活動を行った。WAMならびに赤い羽根共同募金の助成金を活用し、NPO法人科学映像館に所収されている映像作品13篇をまとめたDVD「東北の記憶」と「日本の記憶」を制作、各500枚を地域団体と共同で仮設住宅の被災者の方に配布した。この際、地域活性化の一助になればと願いDVDプレーヤーも地元の被災した電気店で調達してDVDとともに届けた。その際にDVDとプレーヤーをお贈りした方からアンケートを頂戴し、以後の活動に生かしている。また当法人所収の「福島の原子力」ほか数点の作品は、後に不幸にも発生した福島第一原子力発電所事故の後、国内外のメディアからの注目を受け、報道資料として活用されたことは記憶に新しい。
熊本地震へのNPO法人科学映像館の対応
4月14日に発生した熊本地震で不幸にも被害に遭われ、現在も余震に見舞われるなか復旧の只中にある熊本、大分両県の被災者の方の平穏かつ元気な生活を取り戻すにはどうしたら良いのか。私たち科学映像館も、被災者の方の平穏、元気な生活が一日でも早く取り戻せるようにと願い今回の地震発生直後から行動を開始した。理事長の母校出身であり、熊本県で開業されている歯科医師十数名(当法人への賛同者)と電話連絡を取りお見舞いの意を伝える一方で震災の状況調査を実施した。
電話での実情や各種メディアによる報道によれば、今回の震災でも被災者の方が避難所や車中泊など、劣悪と言わざるを得ない環境下で避難生活を余儀なくされている状況が改めて認識された。また今回の熊本地震のみならず、1995年の阪神・淡路大震災、ならびに東日本大震災でも被災者の方が長期間にわたって辛く苦しい避難生活を余儀なくされていることは誠に気の毒なことであり、決して看過できない喫緊の課題であると痛感した。
提言:被災者のQOL向上のために
今回の熊本地震発生直後から、科学映像館としても理事長ブログや理事長Facebookなど様々なソーシャルメディアを通じて情報発信を行ってきた。その反響は大きく、Facebookに掲載した記事およびブログ記事の閲覧数はわずか数日で5,000件を数えたほか、メールなどの意見やコメントも数十通を超えた。今回はこれまでの情報発信の内容を踏まえて、改めて被災者の方避難生活や被災を巡る対応を中心に提言を行うべきであると考えた次第である。本提言はひとえに、不幸にも地震災害に遭われた被災者の方が一日も早く平穏で笑顔に溢れた生活が取り戻せることを願うものである。
まず、先の東日本大震災では前述したように20万名前後の方が避難生活を余儀なくされ、多くの方がご自宅ではなく、小中学校の体育館や公民館で何日も過ごさざるを得ない状況となった。また不幸中の幸いで自家用車とともに避難できた方も、長期間の車中泊で心身の健康に重大な負担を強いることとなり、エコノミークラス症候群からの肺塞栓症を発症し亡くなられるという痛ましい二次災害も見過ごせない件数となっている。
この一時的な避難スペースに関する問題点は専門家やボランティアからも多くの指摘がなされており、地震や台風による災害が毎年のように発生している我が国では、もはや積極的に改善策を議論し実行に移すべき状況となっている。私たち科学映像館でも先日、「提言:災害対策としてのキャンピングカーならびに船舶の活用」と題する提言を掲載し、移動性が高く平時、災害時を問わず住居として活用できるキャンピングカーをより大規模に活用すべきであると意見している。キャンピングカーを活用すべきであるといった意見は兼ねてからあり、タレントの清水国明氏も「トレーラーハウスを被災者の仮設住宅として活用すべし」との意見を氏のブログで訴えておられる。
先の東日本大震災、そしてこのたびの熊本地震でも、一次避難所として小中学校の体育館などを転用する状況となっているが、これは長期的に見て決して好ましいことではない。お住まいが全壊または全壊に近い被害を受け、少なくとも数ヶ月単位での避難生活を余儀なくされることが明らかとなっている被災者にとっては、小中学校の体育館でプライバシーも確保されず衛生面からも劣悪と言わざるを得ないスペースで生活することは困難であり、しかも教員自身が避難所の管理を担当しているため、授業を受ける子供たちにも負担を強いるだけでなく、学習の遅れや学習進度のばらつきが発生してしまい、国全体の長期的な視点で見るとこちらも見過ごせない大きな問題となることは明らかである。
一次避難所から長期的な避難生活を送るうえで、仮設住宅は重要かつ効果的なツールとなり、最近は建築技術の進歩とともに比較的快適な生活を送ることのできる仮設住宅も設計され、被災者のQOL改善や維持に寄与している。しかし仮設住宅は着工から入居開始までは、建設用地取得問題もあり少なくとも3,4か月のスパンで考える必要があるほか、いずれは閉鎖、廃棄される仮設住宅の建設費用も一戸あたり300-500万円と多額であり、被災状況によっては数千戸から数万戸建設する仮設住宅と基本的な生活用品の整備費用も莫大な額にのぼる。また被災者から見ても、仮設住宅入居までの(少なくとも)数十日を体育館などの一次避難所で過ごさざるを得ないことは、心身にかなりの負担を強いることとなりこの期間の疾病による二次的な被災も無視できない。
このほか、被災者ひとりひとりの所在や状態を把握し、それらの状態を受けて被災者ごとに的確な行政サービスを実施するという視点から見ても、小中学校の体育館などを避難スペースとして転用することは最善策とは言い難い。先の阪神・淡路大震災、そして東日本大震災で被害に遭われた多くの被災者の方が、今なお完全に元通りの生活を送っているとは言えず、仮住まいで辛く苦しい生活を余儀なくされているということは、国全体に視野を広げ、数十年のスパンで考えると間違いなく国力の衰退に繋がっていくと言わざるを得ない。
このように、地震や台風といった自然災害から決して無縁でいられない我が国は、従来の災害対応に止まらず、思い切った新しい視点から、新たな技術を大胆に採用し、各分野の専門家以外の様々な意見も取り入れて、包括的な災害対応策を検討して実行に移すべきであると考える。
「モビリティ」、「居住性」と「情報性」を確保できるキャンピングカー
前述したように、従来の対応策である小中学校の体育館や仮設住宅を被災者の生活場所に転用する方策には合理性もある一方、「後手にまわった」対応であり被災者の心身に大きな負担を強いるものとなっており、大きな視点でみると国力の衰退に繋がっていくことは明らかであると言わざるを得ない。これに対して、キャンピングカーやトレーラーハウスを被災者の避難生活スペースとして活用するという提言は、従来型の対応で発生している様々な問題の多くを解決する新たな対応と言える。そのキーワードは「モビリティ」、「居住性」と「情報性」である。
自動車大国でありキャンピングカーやトレーラーハウスに馴染み深いアメリカを見てみよう。2005年8月にアメリカ南部を襲った巨大台風、ハリケーン・カトリーナにより多数の被災者が発生した際、アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁(FEMA)は、即座に避難生活用住居として活用できるキャンピングトレーラーを15万台調達、またこれらのトレーラーパークとなる土地も確保し、被災者が生活できるよう提供した。この例からも、災害時の避難生活ツールとしてのキャンピングカーの有用性が認められる。
キャンピングカーを災害時の避難生活ツールとして活用することの利点は、先に挙げたように「モビリティ(移動性)」と「居住性」である。被災者は仮設住宅の引き渡しまで数十日の間待つことなく、プライバシーと生活の質が確保された生活スペースに移ることが可能となる。また臨時の行政拠点としてもキャンピングカーを活用できる。このたびの熊本地震でも最大震度7を記録した益城町をはじめ宇土市、八代市、大津町、人吉市など複数の市町村役場の庁舎が倒壊、または倒壊の恐れありとして行政機能としての使用を中止している。このような場合でもモビリティが高いキャンピングカーは、避難場所を移る際に家財道具をまとめて移動する必要もなければ、新しい土地で荷物を開梱する必要もない。
キャンピングカーを避難スペースとすることの利点は他にもあり、避難場所を災害地域の周辺にサテライト配置することが可能となり、被災地域に迅速に重機などを搬入させより早期に本格的な復旧が行えることである。またこれらの車両には平時から家具のみならず、GPS機能付のパソコン端末を付属させることで平時、災害時にも所在や状態の把握がより容易かつ詳細に行える。
平時、災害時を問わずキャンピングカーを活用
このようにキャンピングカーを活用することの利点は多くあるが、それではどのように整備し、平時はどのように管理し災害時にどのように運用すべきかについて考えてみたい。
平時にあっては、少子高齢化の傾向がより鮮明になってきている昨今、キャンピングカーは余暇を過ごす手段として見直す価値があるツールと言える。家族にせよグループにせよ、自動車が普及し老若男女問わず気軽に自動車を運転できる現在、より気軽にキャンピングカーを連結させ、アウトドアを楽しむ、といったスタイルも人気を集めることが期待される。災害発生時にはもちろん避難スペースとして一般に開放し、仮設住宅の建設の手間も省け、小中学校の体育館を頼りにせずとも素早い避難スペース、避難コミュニティが構築される。モジュール化して、医療用、ランドリー、行政事務用、給食用といったように様々な用途に改装することも比較的容易である。
キャンピングカーの整備ならびに運用については、行政機関と民間企業が共同で出資して企業を設立し、平時にはレンタル、リースを行うことで維持費用を確保する。また常に稼働台数や状態を政府と企業とで共有し、災害時には避難スペースとして開放するとともにGPS機能やインターネット端末を用いて双方向の通信も可能となるため、逐一各被災者の状態も把握できる。GPSをキャンピングカーに実装することで得られるメリットは大きく、キャンピングカーや居住者の位置情報や状態把握が非常に効率的に行えるほか、インターネット端末を活用することで双方向性のある連絡が可能となる。個人の位置特定が容易に行われることについては勿論賛否が分かれるところであるが、災害時には救助活動が非常に効率的に実施されることが期待されるため、具体的に検討すべき事項である。
キャンピングカーの調達コストに関して見ると、各都道府県で1,000台から2,000台を整備することを見込み大量調達することで一台あたりのコストも引き下げることが可能となる。(現状、我が国では需要が未だ多くないためキャンピングカーはオーダーメイドとなりコストが高いが(500万円~700万円)、アウトドアの普及とともに大手自動車メーカーが大量生産することでコストダウンが期待できる)。
行政市庁舎の耐震化と整備
市庁舎の耐震化工事普及率は60%台と最も遅れており、このたびの地震でも行政機能が停止したことで市民生活に大きな支障を来している。耐震化工事が遅れている主な原因は予算面であると言われている。東京都の豊島区役所のように商業施設と共用化を図るなどして、予算や敷地面の問題を解決するとともに一層の利便性を図り、震災発生時の市民生活への影響を最大限避けるべきである。
災害対応型多目的船舶の整備
陸上の避難生活ツールとしてキャンピングカーの有用性を提言してきたが、次に災害対策ツールとしての船舶の有用性について考えてみたい。
先の大戦中、我が国は病院船を建造し運用した歴史を持っており、今後の災害対策として病院船を建造し運用することについて詳細な検討が何度も行われている。病院船に関する詳細な検討については、2015年(平成25年)3月に内閣府がまとめた調査資料である「災害時多目的船(病院船)に関する調査・検討」報告書が優れたものとなっているが、一方で先の大戦の記憶が鮮明である高齢者にとって「病院船」は戦時中の陰惨な記憶を呼び起こすものであるとして嫌悪感を持つ方もいるようである。
しかしながら先の東日本大震災のみならず、1986年(昭和61年)11月に伊豆大島・三原山で発生した大噴火の際、1万人を超える島民の避難に活用されたのは海上自衛隊、海上保安庁そして民間海運会社の船舶であったことからも、災害対策として多目的船舶の整備を検討することの重要性はこれまで以上に高まっていると言える。ここでも、前述のキャンピングカーと共通して当てはまるキーワードは「平時・災害時を分け隔てることなく迅速に転用できる汎用性とモビリティ」である。
移動性が高いこと、またGPSやインターネット端末を付属させ双方向通信を常時行える環境を整備するということは、政府や防災機関、行政機関の情報が即座に円滑に伝達されるということであり、同時に被災者の状態やニーズも即座に把握できるということでもある。これにより、災害発生初期に頻発する指揮系統の混乱も防ぐことができ、より迅速な復旧が可能となる。
まとめ:被災者の笑顔を取り戻すために
4月14日に発生した熊本地震のみならず、2011年3月に発生してから5年以上経過した東日本大震災でも、いまなお多くの被災者の方がご自宅に戻ることができず、避難場所で辛く苦しい生活を余儀なくされている。豊かな四季と潤い豊かな水資源を誇る我が国は、同時に地震や台風といった自然災害からも決して無縁ではいられないことは、歴史を振り返った際、いかに多くの地震や台風に見舞われてきたかを認識することからも明らかである。
「あってはならない」「縁起でもない」として、平時に積極的かつ具体的に災害対策の話をすることは、これまではどちらかと言えば憚れる、忌み嫌われるといった面もあったことは事実である。しかしこれからは大きく発想を転換させ、むしろ「大災害はいつか必ず発生するものである」と認識し、「備えあれば憂いなし」の言葉を今一度思い起こして、積極的に議論することが重要であると提言するものである。
このたびの熊本地震、ならびに東日本大震災で不幸にも被害に遭われた被災者すべての方に、本当の笑顔が戻る日を心から願いつつ本提言のまとめとしたい。