2016年 12月 05日
第13回情報プロフェッショナルで発表
アナログ記録映像遺産の保存と活用
デジタル・アーカイブ「科学映像館」の成果
○久米川正好1)
NPO法人科学映像館を支える会1)
〒350-1103 埼玉県川越市霞が関東3-1-16
Tel: 049-31-2563
E-mail: kumegawa@kagakueizo.org
Preservation and Use of Documentary Film Heritages: Activities of the Science Film Museum
KUMEGAWA Masayoshi 1)
Sciene Film Museseum (incorporated NPO)1)
Kasumigasekihigashi,Kawagoeshi,Saitama ,Japan 350-1103
E-mail: kumegawa@kagakueizo.org

【発表概要】
アナログ時代のフィルムは、劣化、散逸、死蔵化の一途を辿っている。発表者らは2007年4月1日に「NPO科学映像館を支える会」を設立し、アナログ時代の記録映画をデジタル化し、800本以上の作品を「科学映像館」サイトから提供している。当法人設立の背景とその目的、および記録映画の10年間に亘る発掘・収集、保管とWebによる共有化の成果について報告する。またその間に生起した様々な課題、特にフィルムの劣化と資料の散逸、著作権問題および4Kデジタル復元の可能性について述べる。
【キーワード】
NPO法人科学映像館を支える会,記録映像遺産,発掘・収集,デジタル復元,4Kデジタル復元,保管,Webによる配信,著作権
1.はじめに
映画の歴史は19世紀末に遡るが、日本にもカメラが輸入され短編記録映画の製作が始まった。1930年代になると、映画の技法は科学や産業と結びつき、数々の作品を世に送り出した。「黒い太陽」は1936年の皆既日食を望遠レンズと同時撮影で記録、学術的にも高い評価を得た。また「蝉の一生(1936年)」をはじめとする、十字屋映画部製作にかかる「理科教育映画体系」24作品は、教育映画の原点にもなっている[1]。
しかし、時代の経過とともにそれらの作品を見る機会は少なくなり、フィルムの劣化や管理不十分による散逸などで、貴重な資料である記録映画はその使命を果たすことなく消え失せようとしている。これは大変残念なことで、また危惧されるべき問題である。
そこで、私達は2007年4月1日「NPO法人科学映像館を支える会」を設立し、貴重な作品を発掘・収集し、高度な技術でデジタル復元、保管して、そのデータをWebにより国内外に広く提供しようと活動してきた。
2.方法
2.1 映像素材の収集と配信許諾
記録映画作品の収集は主として著作権者である製作会社と話し合い、提供された素材をデジタル復元企業株式会社東京光音[2] へ持ち込んで映像専用のフィルムリワインダーを使用し、手動で巻き取りながらフィルムの種類、劣化度、製作年、内容、損傷の程度等を調べてもらい、デジタル化の可能性とデジタル化のレベル、標準(SD)かハイビジョン(HD)かを決め、著作権者と正式な契約書を交わしている。
2.2 フィルム素材のデジタル復元
フィルム素材の修復とデジタル復元は、高度な技術を要するため、私達は「株式会社東京光音」にその業務を委託してきた。同社では古いフィルム素材のカビや汚れの洗浄を手作業で行ったのち、同社が開発した特殊な機器によって機械的な洗浄を行う。そして素材の目壊れや変形を専門スタッフの手作業により修復する。そののち、フィルムはCintel社のMillennium IIを用いてデジタル復元している。その後、取り残したゴミや汚れを機械的に一コマ、一コマ除去・修復、最後に色彩・濃度補正を行ってやっとデジタル復元の完了である。
2.3 デジタル復元映像のWeb配信
(Microsoft Windows Server 2008 R2)に格納した。そのサーバーはハードデイスク容量2TB(RAID1)、メモリ8GB、回線容量100Mbps帯域保証である。映像データ格納時、作品提供者の言葉とご寄付いただいた方への感謝を巻頭に付し、さらに盗作防止のため著作権者名と科学映像館を画面に添付している。
配信形式はMicrosoft Silverlight html5 videoタグで配信はSDでは画面サイズ:640×480ピクセル、ビットレート:1Mbps、HDでは画面サイズ:1280×720ピクセル、ビットレート:3Mbpsである。2012年4月から携帯・スマホなどでの視聴も可能にした。
2.4 配信作品資料Webサイトに記載
当会は創設以来、毎週少なくとも一作品を「NPO法人科学映像館を支える会」のWebサイト「科学映像館」[4] により無料配信してきた。いわば週刊「NPO法人科学映像館」の刊行である。その際、単なる映像配信だけではなく、精度の高いメタデータ(製作者、企画者、製作年度、尺寸、指導者、協力者、受賞歴およびスタッフ)をWebサイトに掲載した。
3.結果
3.1 配信映画数及び閲覧状況
2007年5月1日に35mmネガフィルムからHDデジタル複元した「生命誕生」(写真1)を配信して以来、毎週少なくとも1作品をWebで無料公開してきた。2007年9月10日現在、配信映画は827作品である(表1)。
発足時は、生命科学作品を中心に配信してきたが、提供される作品に限度もあり、その後徐々にジャンルを広た。
当館配信映画の再生回数も図1のように順次増加して9月10日までの総再生回数は800万回を超えている。
3.2 配信映画の活用実績
当館配信映画は小中学校、高校、大学・大学院の教材として活用されている。その他、学会、研究会、映画祭と博物館の企画にDVDを提供。2018年度中学校社会の電子教科書に2作品を提供、さらに2019年度高校化学電子教科書に1作品が使用される予定である。
また当館は日本で初めてデジタル化した313作品とともにそのメタデータを国立国会図書館に納品して国立国会デジタルコレクションに登録し、これらの作品は館内閲覧とデータベース検索を可能にした。さらに当館の配信映画はiTunseUでも利用可能となっている。
その他の実績は表2のとおりである。
4.考察
4.1 映像素材と資料の発掘・収集の壁
4.1.1映像素材と資料の管理
アナログ時記録映画を製作した会社はすでに閉鎖または営業停止し、住所すら不明のことも多く、映像素材と資料に関する情報が至って少なく、記録映画の発掘・収集の大きな障害になっている。当館発足当初は一作、一作の掘り起こしの毎日であった。またフィルムが恒温・恒湿下の好条件で保管されているケースは稀で、高温・多湿の日本でフィルは退色、劣化し、いい状態の素材は意外と少なかった。さらに簡易ビデオ化でマスターフィルムが廃棄されていたことも多々あった。
記録映画素材の一部(約1万作品)は東京国立近代美術館附属フィルムセンターで国有財産として保管されている。しかし、その作品に関する情報も少なく、また搬出前にフィルム素材のチェックも出来ないため、センター保管作品のデジタル復元には限度があった。また保管されている作品の使用には時間と搬出時に多額の費用も課題である。
4.1.2 著作権に関して
著作権法では、映画の著作権は特例を除けば製作会社に帰属すると記されている。しかし製作会社、企画会社や博物館から著作権を理由に配信が断わられることも少なくなかった。
ある博物館では16mmで撮影した60点の映像素材が無編集で放置されているが、著作権および肖像権を理由に、提供されることもなかった。
4.2 4Kデジタル復元について
数年前から放送映像関係では、4Kと言うフォーマットが話題になってきた。4Kデジタル復元が現実味を帯び、東京光音では新機種を導入し各種フィルムの4Kデジタル復元を検討している。その結果、8mmや9.5mmフィルのSD化では見えなかった部分が見事に復元できている。
4.3 運営費についての課題
35mmネガフィルムのデジタル復元にはSDで1分2,500円、HDはその4倍、さらに4Kではその4倍とも言われている。しかもデジタル復元した作品は二次使用されることは少なく、ビジネスモデルに乗らないことである。したがって私達はこれまで個人の寄付と企業の協賛および助成金によってまかなってきた。しかし映画は文化財ではなく、助成金にフィルムのデジタル化と保存を応募できる項目がないため、助成金の応募にも限度がある。
5.おわりに
「NPO法人科学映像館支える会」は発足以来827作品を配信し、のべ800万回以上閲覧され、教育研修用途をはじめ、メディア向け映像にも活用されてきた。「科学映像館」はインターネット映像アーカイブという評価も得ている。しかしながら、単一のNPO法人の活動では予算や情報収集など運用面において貴重な映画の発掘・収集、保管などに限度があることは否めない。そこで今後、然るべき行政機関により組織的かつ効果的に保管、共有化される機構が確立され、これらを通じて貴重な映像が未来遺産として後世に送り届けられる日が来ることを強く期待するものである。
6. 参考資料
[1] 佐藤忠雄編著. シリーズ日本のドキュメンタリー5 資料編. 岩波書店, 2010
[2] 株式会社東京光音/ http://koon.co.jp
[3] 株式会社メディアイメージ. http://www.mi-j.com
[4]科学映像館. http://www.kagakueizo.org