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【1】科学映像館設立までの背景 ・・・つづき・・・

 2004年頃でしょうか、映画をインターネットで配信できるようになりました。今まで描いてきた科学映画の活用に役立つのではと、早速、私は骨の健康づくり委員会のホームページから、生命科学映画を中心に20数編の映画の配信を始めました。科学映画の制作に拘わったプロダクション、製薬会社のサイトからも配信され、ネット化されれば、誰でもが、何時でも、何所でも科学映画を観ることができ、活用できるのではと、精力的に働きかけましたが、あまり反応はよくなく、大きな広がりはありませんでした。

 これには、いくつかの原因があると思いました。動画配信が、時期尚早で理解されなかったこと。初期はサーバー代などの経費が高かったこと。しかし、最も大きかった壁は版権の問題。配信でビデオが売れなくなるのでは、とプロダクションの反応。また企画した会社は版権のみを主張。使用していないのであれば、社会還元すればとの呼びかけもむなしく、ネットの拡大は予想以上に困難でした。書籍の場合、売れなければ、そく絶版。映像の版権にも柔軟な考えが、新しい科学映画映画の制作と活用に繋がるのではと。

 先日、こんな面白いできごとがありました。ある会社の支店から、私たちの事務所に自社製作のビデオを貸して欲しいとの申し入れ。会社の制作の意図と活用方法が明確でないです。フィルム時代ならばコピー代も大変でしょうが、ビデオであれば名刺代わりにすればと。

【1】科学映像館設立までの背景 ・・・つづき・・・_b0115553_10185772.jpg ところが昨年夏、1つの転機が訪れました。
小林米作さんのフィルモグラフィー出版記念会が、永年住んでおられた茅ヶ崎で開かれ、生命誕生など3作品が上映されたのです。会場の反応は予想以上で、まだまだこれらの作品は現役で、今日でも通用すると思われた。朝日新聞がこの模様を取り上げた翌日、配信中の映画に約20倍のアクセス数が見られたのです。とにかく知られていないのです。また、東京シネマ新社代表の岡田さんから、当日、高画質のデジタル化が可能との話を伺いました。岡田さんはフィルムの保存と活用に永年、デジタル化、特に高画質のデジタル化に取り組んで来たとか。

 記念会後、再度科学映画の保存、活用について呼びかけを始めました。徳島の大手某企業からの反応。そこで高画質のHD化を視野に入れた企画書を提出。2ヵ月後、芳しくない返事となりましたが、その間、テレビ朝日映像を初め、映画関係者、その他専門家に意見を求め、何とかなりそうの結論。財団などの援助を受けるためにも、小規模でも具体化することがな大切との結論に達し、また企業に協賛金を得るにはNPO法人形式が好ましいと。

 以前からの賛同者と相談の結果、私達が空間劇場の名称は将来のことを視野に入れ、科学映像館が最適であろうと。この決断は2月に入ってのこと。しかも設立は3月末と設定。NPO法人の申請準備、ホームページの企画と発注、ロゴマークの制作、フィルムの選定と提供者との供与条件についての申し合わせ、総会の準備と理事の就任依頼などなど。それぞれの歯車が見事に作動し、予定の4月1日、ホームページを開示、空間劇場、「科学映像館」の誕生となったのです。
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 しかし、その間、予算の目途もなく、一見順調なスタートに見えるでしょうが、山あり、谷あり、谷ありの骨健の事務所の間借りと借金でのスタートでありました。小林米作氏のご子息、小林健治氏からのHD化の経費をなんとかしますよとの一言。また金沢名誉館長からは、ご自分の作品は何とかしましょうとの申し入れ。さらに家内からの援助があり、科学映像館設立へ一歩を踏み出すことが出来ました。

 周辺の人からは「さすがですね!」と、励ましとお褒めの言葉をいただきました。一見外から見るほど、順調ではなく、山あり谷ありの2ヶ月でした。多分、骨健のスタッフはいつ切れるのかと、はらはらの毎日であったと思います。20数年の思いと、自分が皆さんにお願いしたこと。また皆さんが思いのままにやらしてくれ、積極的に協力してくれたこと。本当にありがたかったです。またこの活動は環境的にも期は熟していました。大型動画の配信が可能、大容量のサーバーとその費用が2,3年の間に大変安くなり、東京光音の技術力と誠意ある対応など本当に幸運に恵まれました。




           次回は、「 開館から今日まで 」をお話しましょう。

   
           ではでは、
by rijityoo | 2007-07-17 10:14 | Comments(0)