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久米さんの科学映像便り
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プロフィール
科学映像館理事長の久米さん。映像遺産を守り、生かすための日々!
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2012年 10月 26日 ( 2 )
科学映像館物語13~補足.中村麟子氏
前回の物語で宿題になっていた中村麟子氏【なかむら・りんこ】1916~2009について補足してみます。Hatena Diaryによると、中村さんは1916年柳川市のお生まれとあります。

「福岡県柳川市生まれ。日本女子大学国文学部を卒業後、東京文理大学付属教育相談部、少国民文化協会児童心理研究所勤務を経て1944年に日本映画社に入社。教育映画部で「科学映画の父」として知られる太田仁吉らの助手を務める。1951年『しおひがり』を初演出。この年の日映改組に伴い日映科学映画製作所に参加。『せんたく』(1952)『真空の世界』(1953)などの科学映画をはじめ、産業技術映画、文化記録映画を多数演出する。1972年にフリーとなってからは共立映画社、記録映画社などで演出を続ける。2007年まで科学放送授賞選考委員を40年近く務め、2008年には91歳で「科学映画と私 ある女流映画監督の回想」(文芸社)を上梓する。」(Htena Diary)

ここで日映科学映画製作所からの「はえ」に関する資料も付け加えておきましょう。

「日本初の女性監督として一生を綴った中村麟子監督、戦前に生まれ日本の目覚ましい高度経済成長期を生きた監督は日本の科学、教育映画の発展に貢献した。女性が男性に混じり仕事をするという考えがまだあまり浸透していない時代に負けず嫌いの中村監督はそんな考えをもろともせず生き抜いて行く。そんな教育映画の基礎を築いた女性監督である中村麟子監督の世界。

この作品は中村監督と撮影クルーの努力の結晶とも言える作品である、自然の生き物相手にしかも当時の撮影環境ではこの監督の辛抱強さがなければこの作品は存在しなかったかもしれない。

当初この企画の話が出たとき中村監督は「ハエなんて嫌、無理」と嫌な気持ちを表したが、まだカメラが収めたことの無い世界に中村は渋々了承、その生体を解き明かす為に中村監督は自分でハエを飼い、ガラス箱に入れて持ち歩きバスや電車に乗るときも人に見つからないようにして観察し続けその生体を研究した。そして監督と撮影クルーの辛抱と努力の賜物でついに無理と言われていたハエの脱皮の撮影を成功させた。

記録映画史上初めてハエの生態を撮影した中村麟子監督、と撮影クルーの努力と辛抱の賜物、『はえ』をどうぞご覧下さい。」

この作品から、女性ならではの細かさ、辛抱強さ。そしてその作風は、小林米作氏とは違ったもの、綿密に仕組んだ中村麟子の世界を映像化しています。

でも男社会での映画作りには、相当な覚悟と忍耐があったようで、ご紹介する上原隆さんが87歳の中村さんのインタビュー日本で初めての女性監督をご覧ください。
なおこの内容は「雨にぬれて」(幻冬舎)に収録されていますのでご覧ください。

最後に中村麟子氏の主要作品をご紹介します。(我々の配信はこれからです。)

1951:しをひがり
1952:手、せんたく、テレビジョン
1953:時計眞空の世界
1954:はえ、腐敗、たべ物の保存
1955:磁気録音の話、染色の話 こどもは見ている
1956:谷間の学校、すず虫
1957:こどもたちの目、正男君のラジオ
1958:小さな芽ばえ
1959:インダストリアル・デザイン
1960:スランプ—仕事の調子、たのしい音楽教室
1962:アリナミン
1963:美しい素肌づくり、全自動管理エレベータ、日本の結核対策
1965:リボタイド
1966:いの一番、胃腸の働き、ブラザー・ペース・セッター
1967:更生スノータイヤ性能試験の記録
1968:明治の絵画、癌の開創照射治療
1969:文楽、新抗生物質カネンドマイシンの誕生、300トン培養タンク-建設の記録-
1970:脳卒中のリハビリテーション、よみがえる金色堂
1971:地球と世界地図

1972:日本の書
1973:古都 奈良
1975:日本の家族計画
1976:心臓のつくりとはたらき-顕微鏡の使い方-、単細胞生物
1978:パン工場で働く人、薬の正しい知識、心ぞう—人のからだ—
1979:日本の婦人像—男女平等を目指して
1980:ゆうびんのしごとをするひと (脚本)荒川豊蔵
1982:手紙の旅、のりものではたらく人—でんしゃ—
1983:みんなでつくる明るいまち
1984:伝統に生きる工業 出雲和紙
1985:バスではたらく人
1986:五島列島の若者組、ごみのゆくえ—せいそう工場—
1987:さぎ草物語、野菜づくりのさかんな地域-岩井市-
1989:さかなやさん-うちのひとのかいもの-
by rijityoo | 2012-10-26 10:06 | 科学映像館物語(18) | Comments(1)
今日午後から高松へ
大学時代の同窓会が高松で、29名中17名参加と80歳前にしては多い。本場のうどんでも、味わうって来るかな。
by rijityoo | 2012-10-26 07:45 | 活動予定(395 ) | Comments(0)